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「800字文学館」 体験記・紀行文

87年の生涯より(19)古書収集

大庭 定男

 ロンドン時代の後半約十年間、古書収集を楽しんだ。限られた予算ではそんなに高い本は買えない。また,「読みもしない本を何故買うのか」とよい顔をしない家内の目を盗むのには神経を使った。

 収集の主体は幕末より明治にかけての日英関係の本、特に英人の日本旅行記と駐英日本人の著作であった。前者で有名なのはErnest Satowの‘A Diplomat in Japan’,Sir Rutherford Alcock(初代駐日公使)の’The Capital of the Tycoon’などである。しかしながら、これらの本を手に入れることは案外難しい。ロンドン市内の有名古書店に行けば、あったとしても高くて手が出ない。戦後、日本で急増した新制大学がごっそり買ったためといわれていた。

 そこで、週末に郊外の町や村の公会堂などで行われる古書市によく出かけた。そこで売られている大半はくだらない、興味のない本であったが、時に掘り出し物があった。静かなパブで、ビターを飲みながら掘り出したばかりの本を開くのも大きな楽しみであった。このほかにも、幕末・明治維新の頃、英人旅行者が横浜、富士山などを取った写真アルバムを買い、帰国後高値処分したこともある。

 駐英日本人の著作の中で時々見かけた本に水彩画家・牧野義雄(1869/1956)の絵入り随筆集‘Colour of London’,’Colour of Paris’などがあった。牧野はロンドンの霧を好んで描き、「霧の牧野」といわれた。彼は重光葵大使の知遇を得、ロンドンでは大使公邸に住み、社交界の花形であったと自称している。しかし、太平洋戦争開戦直前の引き揚げ船で帰国、鎌倉の重光邸に寄食していたが、行き倒れのような惨めな最後をとげた。彼の絵は近年、テレビの「何でも鑑定団」で紹介されたりしている。

 太平洋戦争関係の本も集めた。HMSO(内閣印刷局)発行の対日戦争史(五巻)は1969年に発行された後、再版されていない。このように出版直後に入手しないと、後になって探してもなかなか見つからない本が意外と多いことも知った。

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