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「800字文学館」 創作作品

性愛 ―ある庭園にて―

馬場 真寿美

 はるか南の異国に古い邸があった。その邸の庭園には、主(あるじ)によって世界中から集められた、見たこともない珍しい花々が咲き乱れているそうな。

 ある朝その庭園で、一つの花が誕生した。花の名前はシヴォンヌ。目覚めたばかりの無垢なシヴォンヌは、あまりに美しい光景とむせかえるような甘い香りに息もできず、しばし陶然とした。花々は皆、貴婦人のように昂然と頭(こうべ)をあげて、取り巻く虫たちの追従と愛撫に嬌声を上げ、誘うように体を揺らす。生まれたばかりのシヴォンヌは、その刺激的な光景に、ただただ圧倒され小さく身を縮めた。 ある時ふと、シヴォンヌは不思議な旋律を耳にした。ハーモニカのような甲高い羽音。蜂雀(はちどり)だった。シヴォンヌは太陽の光を受けて金色に輝く羽毛を持つ、この親指ほどの小さな生き物に、ひと目で激しく心を奪われた。

「何て雄々しく美しいのだろう」
 そして、蜂雀(はちどり)を惹きつける、他のあでやかな花々に嫉妬した。すると、『私はどんな様子なのだろう。彼に愛されるほどの美しい容姿なのだろうか?』という不安が頭をもたげ、その思いは苦しく狂おしくシヴォンヌをせめ苛んだ。蜂雀への激しい渇望となって……。
 日ごとにその思いは強くなり、それはシヴォンヌをひどく憔悴させた。

 ところが、そんな思いが通じたのか、とうとう蜂雀の目に留まったらしい。そろそろと近づいてくると、シヴォンヌの花芯を覗き込む。シヴォンヌは羞恥に燃えた。けれども、そんなことを忘れさせるほど、蜂雀の気配はすばらしい。ほとほとと、花弁を伝う蜂雀の感触。シヴォンヌは細い首をのけぞらせ、彼を迎え入れるべく体を開いた。シヴォンヌの甘い蜜を探りながら、やがて蜂雀はすっぽりとシヴォンヌの熱い身内におさまった。

「ああ、何という恍惚感(エクスタシー)」
 シヴォンヌの満ち足りた思いと共に、ジジッと蜂雀は爛(ただ)れ、暗い胃袋へと吸い込まれていった。

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