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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

十七文字の恋模様

平尾 富男

 自然であれ、人世であれ、十七文字で表現すると心が豊かになります。悲しい現実も、川柳に詠み込めば世の中の見え方が一変します。

「ネクタイを上手に締める猿を飼う」という句を田辺聖子の『川柳でんでん太鼓』で見つけました。サラリーマンの奥様がご亭主のことを詠んだのでしょうが、手厳し過ぎます。
 この句を拝借し、二文字変えて、
「ニクタイを上手に攻める猿を飼う」にすると、奥様の愛情が少しは見えてきませんか?

 川柳詠みには、俳句は高尚で取り付き難いですが、季語があるから却って易しいとも言えます。(本当は難しいのかもしれませんが)
 応用範囲の広い中七と下五の詞を覚えておくと、いくらでも句ができる場合があります。そんな例を二つ挙げましょう。

 例一「(○○○○○)今朝の女の薄化粧」
 上五の(○○○○○)の部分に、そのときの状況に応じて、季語の入った詞を入れて女性に差し出せば、相手は必ず熱い心で詠み手を見詰めてくれるのだそうです。例えば、「冬のバラ」「春雨や」「浴衣着て」「もみじ散り」などを当てはめてみてください。
 さらに、チョイ悪的な発想を進化させて、「今朝の女」の「女」の部分をそのときの相手の名前にしたら効果てきめんです。
「雪の音今朝の綾子の薄化粧」

 例二「(○○○○○)今宵の君の艶姿」
 この場合にも、「月冴えて」「五月雨や」「稲妻や」「初雪や」など、時と場合に合わせ、季語を含む五文字を当てはめると女性が喜ぶ俳句がいくつでもでき上がります。口下手を自認する者としては、こっそり試してみたくなって、
「手花火や今宵の君の艶姿」。きっと恋が成就しそうな予感が……。
 ところが、「友に嫁す今宵の君の艶姿」とすると、敗れた恋を披露宴の末席で怨めしく詠う川柳に生まれ変わります。

 明治生れの言語学者である新村出が詠んだ短歌「喜寿の二字草書にくずしキスとよむ唇さむし秋深くして」から、「唇」以下十四文字を取り去れば立派な川柳に変身です。

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