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「800字文学館」 日常生活雑感

おとぼけ同期会

中村 晃也

 約束の二時になっても相棒は姿を見せない。ここは熱海駅前。「入社五十年を記念して温泉で同期会をやろう。ホテルのバスは三時に駅にくるので、俺ら幹事は一時間前に集まって二次会のためのおつまみと酒を調達しよう」と言ったのは彼である。

 三十分ほどしてから彼に電話をいれた。「おい、今どこでなにをしているの?」「いま自宅で確定申告の計算をしているんです」「俺いま熱海駅で君を待っているんだよ」「え? 同期会は明日ですよ。前日から待っている必要はありませんよ」。あわてて同期会の案内状を見直した。三ヶ月も前から準備して案内状は何回も見ているのだが、違った期日を思い込んでいたのだ。

 一旦帰宅して明日出直すと往復で六千円も無駄になる。思い切って今晩は熱海に泊まろうと思い妻に電話した。「またやったの?この頃チョットおかしいんじゃない?すると今晩と明日の夕食はいらないのね?」。 敵の関心事は夕食の支度の有無だけである。

 翌日、バスの時間に合わせて各地から同期生が集まってきた。ところが頭数が合わない。見ると一人が改札口で中年の駅員と揉めている。

 他の一人が応援に行ったが討論は白熱している。「キップを買ったから熱海まで来れたんだ。たまたま今見つからないだけなのだから、改札を通してくれ」「お客様、キップがなければ絶対に改札は通せません。キップを改めるので改札というのですから」「そんな理屈をいわずに。皆バスで待って居るのだから。頑固だな、全く」。駅員は顔を真っ赤にして主張する。「絶対にダメです。新しくキップを買い直して下さい」「ウーン、君では話にならん。駅長を出してくれ」
 その頑固な駅員はキッと居ずまいをただしてこう言った。「私が駅長です」。

 その夜の同期会は開催日を間違えた呆け幹事とキップを無くした呆け老人の話で盛り上がった。翌日帰りがけに、駅前で買った土産物を店頭に忘れた奴がいたが、幹事としてはそれを不問に付した。(完)

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