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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

ティー・バッグ

平尾 富男

 女子大で英語を教えている友人が、静岡に所要が出来たから次週の授業を休講にすると言った。すると、女子学生たちがどっと黄色い声を上げる。
 「先生、お土産を買ってきてください」
 「君たち全員に買ってくると、先生の今月のお小遣いがなくなるから駄目だ。戻ったらお土産話でもしてあげるよ」
 学生たちは、これには不満で教室内の嬌声はなかなか止まらない。
 友人は答えた。「分かったよ、それじゃ飴玉でも一袋買ってくるから、みんなで分けてもらおう」
 「先生、そんなのいやです、もっと良いものをくださいよ」と、日ごろから試験の採点の辛さに恨みを持つ学生たちは許してくれない。
 「ティー・バッグにでもするか」と言うと、「先生、いやらし~い」とますます騒ぎたてる。一瞬、何で騒ぐのかと思ったが、彼女たちの勘違いに気が付いて苦笑した。
 「先生は静岡に行くんだぞ。お茶の名産地ではないか。おいしいお茶を飲ませてあげようと思ったのに。何と勘違いしているんだ。第一、スペルが違うではないか」
 こう言って黒板に、tea-bagとT-backの英単語を書いてクラスの一人を指した。「おい、君。二つの言葉をそれぞれ発音してみなさい。区別が付かなかったら、進級させないぞ」

 話はこれだけで終わらなかった。一人の女子学生が立ち上がると、顔を上気させてこう言ったからだ。
 「先生の方こそ、何も分かっていないんですよ。ティー・バッグには全然違う意味があることを。教室ではちょっと言い難いんですけどね」
 この発言に、他のクラスメートたちは一斉にその学生の方を見た。クスクス笑う数人以外は明らかに「別の意味」を知らなそうだ。
 教授は、困惑しながらクラス全員に諭すように言った。
 「本校の清純な学生諸君は、ティー・バッグを一杯分ずつ小分けにしたお茶の袋詰めとだけ覚えておけばよろしい。もう一つの意味というのは性的な行為に関するスラングなのだから」

 結果的に友人は、もう一つの意味をクラス全員に教えてしまった。

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