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「800字文学館」 仕事がらみ

グッときた

濱田 優(ゆたか)

 その時どきに印象に残るCMがある。

 いま私の目を引くのは、女優・篠原涼子がOLを演じる某クレジット会社のテレビCM。その「秘書編」はこんな具合だ。仕事の最中、上司に「篠原君、コーヒーを」と声をかけられた。手が離せないで困っている彼女の前に、その上司がコーヒーをトンと置き、「淹れました」と言って去っていく。彼を見やって、「やばっ、グッときた」とつぶやく篠原の表情がいい。

 このCMを現役時代に見ていたら、もっとOLの心をつかめていたかもしれない。「忙しいのに悪いけれど」といいつつ、雑用を頼むようでは、この上司と雲泥の差がつく。

 思い返して頭に浮かぶのは、私の方が「グッときた」ケースである。

 当時私は携帯を持たなかった。会社を抜け出して歯医者に行ったとき、Kさんから医院に電話が掛かってきた。急用ができたから戻って下さいという。Kさんは派遣で今日来たばかり、私は彼女にこの医者の名は教えていない。なのに、どうして私の居場所を知ったのだろう。

 後で聞くと、彼女は私の行きつけの歯医者を周りの人に聞いたが誰も知らない。で、近隣の歯科医院に片っ端から電話しても空振り。そこで彼女はこれまで私の秘書役をやっていて退職した人の家に電話をし、やっとそこを聞き出したそうだ。ここまでやってくれたか、と頭が下がった。

 Kさんの気転のおかげで、得意先からの急な用事に対応できた。その後も、彼女は何かと抜けの多い私の仕事を補ってくれた。ことにプレゼンの資料作成は、以前広報の仕事をしていた経験を活かし、見映えのいい資料に仕上げてくれた。

 彼女は三十路の魅惑的な女。といって、私に邪念はなかったけれど、仕事上、彼女を手放したくない。Kさんとの契約を延長してくれるように人事に頼んだ。しかし当時は、派遣は正社員が入るまでのつなぎとしていて、残念ながら私の望みは叶わず、4ヶ月ほど仕事を共にしただけで、惜しくも彼女は去っていった。

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