作品の閲覧

「800字文学館」 日常生活雑感

ある 葬儀

大越 浩平

 従妹から母親逝去の知らせがFAXで届いた。直接火葬場へ集まって欲しいとの通知だ。葬場に出向くと都内近郊の親戚数名、家族、孫の二十名足らずの人が集まっていた。地方の親戚には参列を遠慮して貰ったという。

 葬場を見渡すと葬儀社もおらず、僧侶の姿も無い。納棺は済んでおり位牌段には遺影が掲げられ、俗名を記した位牌も無い。家族と参列者は花を棺に納め、告別の挨拶も無く荼毘にふせられた。参列者が骨上げして骨壷に収め、食事処への案内があった。その場で失礼する人々もいたが会葬御礼はない。業者を通さない葬儀のようだ。

 叔母は医者に嫁ぎ、戦後幼な子を残して夫に先立たれ、会社勤めをしながら一女一男を育てた。長女の連れ合いはTVの技術者で、全世界を飛び回り、夫妻と子息は6年間の海外生活を経て帰国した。

 叔母は長男夫婦と暮らしていたが、不幸にも長男は学齢前の子供を残して急逝し、家事一切を任され二人の孫を育て上げた。長女の夫も定年になり国内に落ち着いた。そして叔母はアウトドア派の長女夫妻と海外旅行や、キャンピングカーでの国内巡りなど、今迄の苦労が報われるような老後を楽しんでいたが、突然クモ膜下出血で倒れた。要介護五で、長女の選んだ介護施設で五年過ごし一生を終えた。

 食事処のホテルには裏口から誘導された。部屋には遺影と骨壷が飾られ、献花台が置かれ喪主の長女が挨拶をし、参列者は献花し、食事をとって終わった。

 葬儀は、喪主の意向でどのように執り行われてもよいと思うが、そこには参列者が共に故人を悼み、生きた証を偲び、弔い、霊を心安らかに旅立たせる供養と告別の情に溢れる集まりだろう。この式にはそれがあまり感じられなかった。仏教徒であった叔母の長年の苦労を知る私には戸惑いと寂しさが残った。四十九日の便りも無く墓地に納骨されたかどうかも不明だ。

 これからはこんなドライな葬儀が増えるのだろうか?

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧