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「800字文学館」 日常生活雑感

ワールドカップ

中村 晃也

 一九九八年サッカーのワールドカップで、日本代表チームがジャマイカ代表とフランスのリオンで対戦することを知り、日本の大手顧客を親会社のあるリオンでの観戦に招待することにした。

 日本は一次リーグですでにアルゼンチン、クロアチアに夫々〇対一で負けていたが、ジャマイカには勝てるだろうとの予想だった。日本の旅行会社が競って観戦ツアーを企画した結果、日本からの観戦希望者が多く、チケット不足の可能性が伝えられた。

 当日、チケットを持たない日本人観光客の群れを掻き分けて、我々はリオンのサッカー場の正面入り口に車を乗りつけ、赤い絨毯を踏んで招待席に案内された。中二階のVIP用のドアを入るとバーとソファー付の三十坪ほどのブースがありその先はグランドに直面して二段の椅子席がある。隣のブースではどこかの国のTVカメラが中継していた。客は試合を直接観なくても、バーでシャンペンを飲み牡蠣を啜りながら、備え付けのTVで観戦できる。

 特別席はゴールに近く、前半守勢に回った日本チームは良く見えたが、ゴン中山の得点は、遠くの相手方のゴールでの揉みあいの中で、よく判らなかった。バーテンが日本チームの中では背番号十九番がベストだと話していたが、それは中田選手のことだった。結局日本は一対二で敗れたが、シャンペンを満喫した上、本場のサッカー試合の雰囲気を体験したので満足した。

 翌朝のパリ発ロンドン行きの飛行機では、イギリスのフーリガンの一行が酔っ払って大声で唄を歌っていた。顔をしかめる他の客に、棚から毛布を下ろしていたBAのスチュアデスが「今日だけだから」と宥めていた。蝶ネクタイの老紳士は「私だってこの便にのるのは今日だけで、貴女に会うのも今日だけだ」と言ってウインクをした。「気分直しにスコッチをお持ちしましょうか?」「うん、ダブルで」
 キングズイングリシュの洒落た会話を聞いていると、映画の一シーンをみているような気がした。(完)

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