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「800字文学館」 日常生活雑感

黄昏どきの風景「テニス」

西川 武彦

 38歳からテニスに挑戦した。初めてラケットに触れたのは中学時代で、親父が教えてくれた。それ以来、気が向くとラケットを握っていたが、本格的に始めたのは四十路に入る前だった。ゴルフで腰痛が再発し、医者の勧めでテニスに転向したのだ。草テニスだが、面白くなって猪突猛進した。指導書を読み漁り、恥を忍んで格上の相手に打ち合ってもらった。

 45歳を過ぎると、公式戦でない大会にベテランの部で出場するまでに上達した。限界を感じたのもその頃である。公式戦で活躍した会社の仲間には全く歯が立たなかった。一度だけ元デ杯選手に勝ったことがある。時間までに相手が現われず不戦勝になったのだ。

 テニスはハンデイがないから厳しい。それだけにカップやメダルを貰うと嬉しくて大事に飾ってある。一番思い出があるのは香港時代に獲得した小さなトロフィーだ。啓徳空港にかわる新しい空港の完成を見込んでその近くに造られたリゾートのオープニング・トーナメントだった。16エントリーのミックスダブルスで、ペアを組んだのは現地で出会った子連れの豪州女性。なぜか息が合って勝ち進んだ。決勝まで勝ち上がった時点で豪雨に襲われて、翌日に持ち越された。敗退した仲間が酒盛りするのを横目に静かに身体を休め、翌朝の決勝戦ではなんとか勝った。47歳のときである。

 今年のウインブルドンでは、日没になっても決着がつかなかったシングルスがあった。2―2で迎えた最終セットには、タイブレークがないから、一方が2ポイント連取するまで終わらない。結局、70対68で決着がついたが、合計11時間戦ったという。聞くだけで疲れる。

 古希を過ぎてから、コートに立つのは週二日、毎度一時間に減った。年下の仲間たちに遊んで貰っている。相手の裏をかくドロップショットが得意技だ。昔は順番がくるのが待ちきれなかったが、今では、「ちょっと休むからどうぞ」を連発している。黄昏どきのテニスはこんなものなのだろう。

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