創作作品
ボタン ―かの岸より
夕闇迫る誰もいない公園のベンチに、悠子は一人座っていた。
逝ってしまった。何も言わずに……。柵から身を乗り出すほど、わたしの帰りを待ちわびていたのだろうか。
―優ちゃん!
悠子の頬を涙が伝う。この公園には母子でよく遊びにきた。ここにいれば、今でも優一の声が聞こえるような気がする。ぬるい風にざわざわと木々が顫えた。
気がつくと、目の前の砂場で男の子がひとり遊んでいた。母親は隣接したコンビニで買い物でもしているのだろう。砂でトンネルを作ったり、夢中になって遊んでいる。
―一人遊びの上手なこと。
感心して見ていると、悠子の前にその子がつと近づいた。
「おばちゃん、これ」
子どもの掌には、白いボタンが一つ乗っている。
「おばちゃんにくれるの?」悠子が訊ねると、子どもはこっくりと肯いた。
「ありがと。おばちゃんにもね、坊やぐらいの子どもがいたの」
何気なく話しかけると、
「知ってる」と、その子は応えた。
「……えっ?」
ああ、それじゃこの公園で優一と一緒に遊んだことがあるのかもしれない。悠子は合点がいった。しばらくすると、迎えにきた母親に手を引かれて、男の子は公園を後にした。バイバイと手を振る子どもに、振り返そうと手を上げかけた悠子は、そのとき子どもの視線の先が自分にないことに気づいた。
砂場に向かって振っている……?
帰らなくちゃ。崇が待ってるわ。悠子は重い腰を上げた。
崇が一緒に住むようになって三ヶ月。
僕が試験に合格するまでの辛抱さ。そうしたら、君はもう優ちゃんを置いて働きに行かなくてもいいし。三人で幸せになろう。
ああ、そんな夢も叶わぬうちに……
そうだ、これどうしよう。掌のボタンに目をやった悠子の眦が、恐怖でつり上った。
―このボタン!
崇の上着にみた引き千切られたボタンの跡。優一の体に時折見られた原因不明の痣。バラバラだったジグソーパズルが、ふいに一枚のはっきりとした映像となって悠子に迫る。
若い男の腕。優一を抱え上げ……