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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

山の神のたたり ― 遠野のドルメン(巨石記念物)

大月 和彦

 『遠野物語』に山の神の怒りをかった話がある。
 元遠野藩主南部男爵家の鷹匠で、遠野の山のことを知りつくした男が、秋のある日連れの男とキノコ採りに山へ入った。続石という巨石がある場所近くの岩陰で、赭ら顔の男女が話しているのに出会う。近寄るなと手ぶりで制されたのにかまわず近づくと、いきなり蹴られ意識を失う。連れの男に介抱されるが三日ほどして死んでしまう。遠野の修験僧は、山の神の遊びを邪魔したたたりだと判断した。
 柳田国男は、この種の話は「国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし」、これらは「目前の出来ごと」で、「現在の事実なり」と強調する。
 この話は「今より十余年前の事」であり、実在の南部家の家臣や修験僧が登場し、山の神の容貌を記述するなど、本当にあったことを裏付けている。

 昨年夏、遠野市の物語研究会の人達と、山の神に遭遇したという現場、続石のフィールド調査に参加した。遠野の中心街から花巻方面に車で30分ばかり、遠野盆地西南にある綾織という集落から20分ばかり急坂を登ると、杉木立の切れ間に巨石があった。高さ2mの二つの台石に縦7m、横4m、厚さ2mの笠状の石が載った石組みで、間を通り抜けることができる。明らかに人の力が加えられた造形物である。弁慶の昼寝場と呼ばれ、小さな祠が建ち、湧水が流れていた。
 講師役の東京学芸大石井正巳教授は、ここは古代先住者の原始的信仰の祭祀場の遺跡ではないかという。この巨石は近くにある石上山を神体として拝んだドルメンではないか、遠野盆地の霊峰早池峰山信仰と関係があると推定する。
 薄暗い木立の中でこの巨石を見ていると、山の神の世界に入ったような気分になる。
 縄文の昔、古代人がここで祭りごとを行ったと想像するのは楽しい。ある種の霊感がある舞台、パワー・スポットだからこそ、遠野の人達は、ここに山の神が住むと信じ、その怒りを恐れたのだろう。 (10・9・10)

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