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「800字文学館」 体験記・紀行文

静かな山旅 森吉山

大月 和彦

 秋田県の中央東部、奥羽山脈と阿仁谷に挟まれて横たわる森吉山(1454m)は、鳥海山や秋田駒ヶ岳の陰に隠れているが、なだらかな裾を持つ秀麗な姿は見るものを惹きつける。
 標高が低く、けわしい岩壁がないのでアルピニズムとは縁が遠いし、「百名山」に選ばれていないので、登山者は意外に少ない。わんさわんさと押しかける名の知れた山に比べ、信じられないくらい静寂を保っている。山歩きの好きな人のために残された数少ない山だ。
 炎暑が続く9月初旬、マタギと鉱山で知られた阿仁谷から登った。バブル全盛のころ開発されたスキー場は閉鎖され、地図には「森吉スキー場跡」となっている。

 麓のコテージに泊まり翌早朝発つ。
 緩やかな道が続く。樹齢の若いブナ林から貫禄のある古木の樹林になる。樹幹の白さが目にしみる。オオシラビソの林が尽きて尾根に出る。なだらかな高原の向こうに山頂が見える。湿原地帯になり、澄んだ水をたたえた池塘が点在する。木道も敷かれている。
 花の盛りは過ぎ、ニッコウキスゲとコバイケ草の枯れた茎が目立つが、鮮やかな紫の花をつけたエゾオヤマリンドウが道端に咲き乱れる。アザミ、キリンソウ、黄色い花をつけたキンコウカも目を楽しませてくれる。
 途中に阿仁谷の人達の信仰の対象になっている森吉神社があった。朽ちかけた木製の鳥居が傾いていて倒れそう。裏手に御神体とされるおにぎりを二つ重ねたような冠岩が立っている。
 頂上近くの避難小屋は、深い積雪に耐えるように2m近い基礎の上に建つ頑丈そうな建物だ。木材の国秋田らしくすべてスギ材でできている。
 岩礫混じりの道を登りきると露岩や石がごろごろした山頂。先端を30㎝ぐらい地表に出した花崗岩製の一等三角点がひっそりとあった。

 360度の眺望が楽しめる。白神山塊、八甲田、八幡平、岩手山、栗駒山、鳥海山など北東北の名峯が霞んでいた。山頂に立てられた柱には秋田とかかわりの深かった旅行家菅江真澄の歌が刻んであった。

(10・10・12)

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