作品の閲覧

「800字文学館」 政治・経済・社会

巷のニュートンの法則

稲宮 健一

 物質の運動はニュートン力学の法則に従う。ロケット、人工衛星も当然この中に入る。物質の根本要素である微小な原子の外側まで適応できるが、しかし、内部では量子力学という別の力学に従う。現代物理学には両方が必要である。

 このような関係を人間社会に当てはめると、さしずめニュートン力学に相当するのが、資本主義、社会主義、共産主義などの太い筋の主義、主張であろうか。しかし、原子に相当する人間は、俺はこうしたい、私はこの方が好きとか様々な欲求を持つ社会に大きな影響を与える存在である。人は原子とは異なり、単純な法則では律せない。人間の欲求を抑圧して、一方的な主義、主張を押付けると、俺は物じゃないよと言ってソ連ように崩壊する。

 五八年梅棹忠夫はユーラシア内の民族の生き様を地域毎に見聞して、特質を吟味して、文明の生態史観を発表した。その説では早い時期に近代化を成し遂げられた温暖な気候に恵まれた西欧と日本には近代化以前に封建制度があり、その期間に智、財を持った中間層が育ち、社会の基礎が築かれた。一方、ユーラシアの中央部に位置する、ロシア、中国などは専制王政であり、その特質は日本とは異なると論じた。

 最近の中国は共産党支配と言っているが、経済活動は資本主義的であり、治世は色濃く王朝支配の残照がある。朝鮮半島も北半分はまだ両班が軍人に代わった王朝支配が続いている。生態史観的見解は現状を理解するのに役立ち、前記の量子力学に相当するかもしれない。

 この説の要は、民生の安定は中間層を厚くすること読める。高度成長期の日本ではかなり達成できた。しばしば、先の戦争にまつわる事柄だけを浮き彫りにし、歴史認識として声高に取り上げるが、西欧と日本が中間層を厚くした経緯の歴史認識も尊重してもらいたい。

 最近日本はこの中間層が損なわれかけて心配だ。物心両面で豊さを持つ中間層を育てるため、地味な、かつ永続的な努力を政治に期待したい。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧