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「800字文学館」 体験記・紀行文

もうひとつの蔵の町 横手市増田町

大月 和彦

 江戸時代から物資の集散地として栄えた秋田県横手盆地の増田町に、明治から昭和初期にかけて建てられた独特の建物―内蔵の一群が残っている。増田に縁のある友人に誘われて秋のある日蔵の町を訪ねた。
 商店街の通りに面して商家の大きな建物が並んでいる。その奥の屋敷に文庫蔵や座敷蔵と呼ばれる内蔵が建っている。
 蔵全体が鞘と呼ばれる板壁と屋根で覆われていて、外からは見えない。表の主屋からは屋内の通路でつながり、その奥に庭園がある家もあった。
 ある商家の内蔵。主屋から狭い土間の通路を進むと奥に蔵がある。高い窓から入る光だけなので薄暗い。黒の漆喰仕上げの壁とその上部には家紋が彫ってあった。土製の分厚い観音開きの扉は四重造り。壁は模様のついた漆塗りの格子で囲まれている。大理石の石段を三段上って中に入る。
 豪華絢爛、贅を凝らした空間が開ける。畳が敷かれ、炉が切られ、床の間もしつらえてある座敷蔵だ。棚には冠婚葬祭用の什器類、証文や帳簿などが保管されている。ここは冠婚葬祭が行われる厳粛な場所、案内してくれたこの家の主婦の婚礼もここで行われたという。当主だった舅は老後の亡くなるまでこの蔵で過ごした。
 別の家の座敷蔵は昭和の末まで医院の診察室として使われていた。
 酒造家の蔵を見る。今も酒造りが行われている醸造場の奥に、明治41年竣工の登録有形文化財の内蔵があった。普通の建築工事は大工が差配するのに、壁塗り工事が中心の蔵作りは左官が棟梁となって普請を進めたという。
 重そうな扉の内側に華美な空間があった。二間に分かれ、床の間も設けられていた。壁面には一尺間隔でヒバ材の通し柱が並び、天井板はスギの柾目、梁にも漆が塗ってあった。

 珍しいこの内蔵は、豪雪に耐えるため工夫されたとの説明があった。とりたてて豊かでもなかった東北の小さな町に不似合いなこの内蔵は、華美・豪華さを目立たなくする富裕層の知恵でもあったようだ。

(10・12・10)

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