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「800字文学館」 体験記・紀行文

サンクトペテルブルグ紀行

大泉 潤

 岩倉具視が特命全権大使として米欧を回覧し、ドイツからの寝台列車に乗ったのは、約百四十年前である。賓客専用の素晴らしい車両だが、線路の整備が未完成で震動が激しかったと記されている。今回は、モスクワ発二十三時四十分で、ホームには出発を待つ人々を車両へ案内する女性駅員が裾の長い軍服調のコートで直立している。静かに動き出すと、スピードが増す。約九百キロを九時間で到着する予定である。線路の継ぎ目をほとんど感じない。横揺れがなく、縦揺れを長い振幅で感じる。不思議な感覚だ。ノンストップで明るくなったサンクトペテルブルグに朝定刻に到着した。駅はロシアの二大都市を結ぶ玄関にふさわしい堂々たる頑丈な建築だ。

 バスの車窓から見る町並みは、古色蒼然として、二百年間首都であった歴史を感じさせる。名勝イサク聖堂とピョートル大帝の騎馬像の広場へ行く。この像はロシアの歴史書に必ず掲載される歴史的遺産である。

 ネヴァ川は九月はじめというのに、どんより冷たく曇り滔々と流れている。エルミタージュ美術館は、エカチェリーナ二世が世界から集めた厖大なコレクションの展示がある。それぞれ十秒見ても三百日かかる由。美術館の建築、行きとどいた手入れ、収蔵品の種類と数は圧倒的だ。

 エカチェリーナ宮殿の一般公開に備えて、早めに出発し、到着すると既に大型バスで来た大勢の団体客が長蛇の行列をしている。好天でも日影で待たされると、肌寒く感じられる。歓迎の楽隊がロシアの軍服を着て演奏している。日本人とみると「さくらさくら」にかわり、チップの小銭に頬笑みを返す。宮殿は東西七百メートルの長大な二階建ての豪壮な石造り。内部は四十くらいの部屋に分かれ、天井画、金箔の壁、東洋陶器を埋め込んだ壁の装飾、デルフト焼の壁装飾、食器を並べた食堂、肖像画、貴族の衣装などその美しさは筆舌に尽くしがたい。内部の鑑賞で二時間を費やし、外へ出ると手入れの行き届いた庭園がある。大きな抽象画を思わせる幾何学模様の刈り込み、さざ波の立つ池に映る瀟洒な小ぶりの建物。それぞれが緑に包まれ美の凝縮の感がある。汲めども尽きぬ魅力あふれる都市である。

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