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「800字文学館」 日常生活雑感

どんぐりころころ

志村 良知

 通勤路の並木になっているマテバシイの大きな実を拾ってオフィスのデスクに並べて置いたら、お姉さん達がやってきて「あ、どんぐりだ、かわいい」とのたまった。「ちょっと待てこれはドングリではなく椎の実である、どんぐりとは丸いものだ」と言ったら「学校でこれをドングリと教わったしぃ、丸いのなんてぇ、見たことがないー」と言う。「君はそう言うが、これではどんぐりころころしないではないか」と説得しても、「これはどんぐりだ」と集団で反論してくる。出身を聞いてみるとみんな神奈川県東部か中部である。
 山梨県北部の山中で育ち、薪の生産販売も行っていた生家の薪山は全てクヌギであった私にとってのどんぐりは丸くてころころ転がるものしかない。学校で細長い椎の実をどんぐりと教えているとは夢にも思わなかった。

 山村少年の血が騒ぎ、では本物のドングリを見せてやるから待っておれ、と見え切ってドングリ探しを始めたがクヌギの木が見つからない。なるほど丸いドングリを知らない、というわけである。娘たちだけでなく中年男子に聞いてみても丸いドングリを見たことが無いという奴ばかりである。
 横浜市北部の丘陵の実をつける雑木は、ほとんどコナラで稀にブナがある。共に太い直根を張るので薪や実の採取用と共に傾斜地の土砂崩れ防止として植えられたものであろう。コナラもブナもマテバシイより小さいが実は丸くはなく細長いので論外、クヌギを求めて週末の彷徨も三週目、灯台下暗しで近所の大倉山公園に一本だけあるのを見つけた。

 正統ドングリを収穫し、さあどうだと並べたら「わっ、かっわいーい、まるーい、初めて見た」と大騒ぎ、家に持って帰ってお母さんに見せるという娘まで現れた。

 椎の実は茹でるか炒るかすれば食べられるが、ドングリは簡単な調理では食べられない。スペインのイベリコ種の豚はドングリを喰わせて育てるのだというが、そのどんぐりは丸いのだろうか細長いのだろうか。

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