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「800字文学館」 創作作品

親離れか、子離れか

馬場 真寿美

 ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
 目覚まし時計の電子音が、次第に音量を上げていく。秋が深まるこの季節、温い寝床を抜け出すのには、ちょっとした決意がいる。朝食の仕度にかからなきゃと思いつつ、澄江もまた、いつまでも蒲団の中でぐずぐずとしていた。
 傍らには、息子の裕樹が軽い寝息をたてて眠っている。地元の少年野球に所属する裕樹の顔は、健康的によく日焼けしていた。その額にかかった前髪を掻き上げてやりながら、澄江はしばしその無邪気な寝顔に見入っていた。顔を近づけると、ふわりと清潔な石鹸の香りがする。
 裕樹も、もう小学四年である。母子でこうして一緒に寝ていることに澄江も気が咎めないわけではない。中二になる娘、久美子からも「マジきもっ! いい加減にしたら」と言われるけれど……
 それでも、夫と同じ部屋で寝ることには抵抗があった。タバコにお酒、それにあの饐えたような靴下の臭い。思い出して澄江はブルッと震える。それなのに仕事で疲れきった夫は、風呂にも入らずに蒲団にもぐり込むのだ。
 もとより3DKの社宅といった住宅事情からは、澄江が個室を持てる余裕はない。隣の部屋からは、鼻の詰まったような夫の鼾が聞こえてきていた。
 澄江は深いため息をつく。

 と、隣で裕樹が身じろぐ気配がした。
「何時? もう起きる時間?」
「ううん、まだ早いわ。もう少し眠ったら?」
そう答えながら、
「こんな風に裕ちゃんは、いつまでママと一緒に寝てくれるのかな」
と、澄江は小さく呟いた。
すると、それが聞こえたのか、寝返りを打ちながら眠そうな声で、
「そうだねえ。あまり長くは無理だと思うけど……」と裕樹が応える。
(……そうよねえ)
澄江の心はみるみる萎んでいった。
「……大学生ぐらいまでかな」
「えっ?」
澄江の脳裏に、大学生になった裕樹のイメージが浮かんだ。
「えー、いや、……そんなにはいいかな」
もごもごと口ごもりながら、そそくさと逃げるように澄江は台所に向かった。

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