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「800字文学館」 体験記・紀行文

津軽海峡冬景色――竜飛岬行

大月 和彦

 八戸発函館行き特急「スーパー白鳥」が津軽半島の付け根の町蟹田に着く。吹雪く中、ホームの待合室には三厩行き列車を待つ10人ほどの地元の人たちは、みんな押し黙っている。
 海底トンネルで北海道と結ばれているので、貨物列車が頻繁に通り過ぎる。東側の黒い海の向こうには雪を被った下北半島の山がすぐ近くに見える。平舘海峡といい幅15㎞という。

 二両編成の列車は、海岸から離れて山間地に入るとヒバの林で黒っぽい世界となる。
 本州最北の駅三厩駅は雪に埋もれていた。老駅員一人が切符を受け取っている。竜飛漁港行きの町営バスに乗ったのは、都会にいて実家に帰るらしい派手な服装の中年女性と二人だけ。バスは三厩の街並みを出ると、海岸にへばりつくように建てられた民家の軒をかすめて走る。この辺の地下を青函トンネルが走っているはずだ。
 30分で終点につく。運転手は船着き場横にある漁協事務所に入る。折り返し時まで休憩するらしい。

 海は荒れていた。雪交じりの風が強く、帽子が吹き飛ばされそう。漁船が船溜まりに舳先を寄せ合っている。防波堤の内側の磯に弁財天を祀った祠がある。白黒の世界で真赤な鳥居が目立つ。磯辺の閉じているレストランにはウニ丼、カニなどと書かれた看板が立っていた。

 かつては蝦夷への往還道だった松前街道と呼ばれる道はこの先ない。行き止まりの突端に太宰治の小説「津軽」の一節が刻まれた碑が建っている。北方は荒い波頭が岩にぶつかっているだけ。巨大なテトラポットのかたまりが何か所も海中に突き出ている。
 竜飛の街の中ほどから山側に付けられた階段の登り口に「階段国道(国道339号線)」という道路標識があった。

 荒涼とした丘のふもとの海岸に沿って立ちならぶ30軒余の民家と商店は戸を閉ざし、人影はまったくない。オレンジ色の看板の郵便局に車が停まっていて中には客が二人いた。最北の村で動きのあるのはここだけ。防波堤にある金網の小屋に黒っぽい魚が風にさらされていた。

(11・1・12)

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