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「800字文学館」 日常生活雑感

難聴爺の放歌高吟

古川 さちお

 難聴老人となった私は、自分の声もうまく聞き取れないので、若い頃好きでよく歌った唱歌、軍歌、寮歌も人前では歌うわけにゆかない。メロディーを間違えずに正しく歌っているのかどうか、チェックできないからだ。
 家族など第三者にチェックしてもらうと大抵、「メロディーが少し違う」とか「デンポがばらばらでおかしい」などと笑われる始末。そこで、私は歌の特殊な活用法を編み出した。編み出したなどと、大げさなことを言っても大したことではない。
 従来、時間つぶしや退屈しのぎに、文庫本や週刊誌など、あまり難しくない読み物を利用していた代わりに、「心で歌を歌う」のである。これなら声を出さないから、寝床の中とか電車の席で思いっきり《声を張り上げ》ても人に迷惑がかからない。何せ声は全く人様に届かないのだから。
 旧制高校の寮歌だと、その美辞麗句を楽しみながら、ゆっくりと心ゆくまで歌う。歌詞を忘れたところは、用意の小型メモ帳で調べあげておく。
 唱歌や軍歌だと、昔歌った時期の周りの景色や雰囲気を思い浮かべて往時を懐かしむのだ。軍歌は軍国主義的だと非難する向きもあるが、中には平和を願う名歌もある。これらの歌を尽きることなく歌い続けられたら、退屈することがないし、自然に心が暖められるのだ。
 先日は、ここはお国を何百里・・・云々の「戦友」を歌っていたら、駅を一つ乗り過ごしていた。懐かしい歌は心で歌っても秘かに《放歌高吟》すれば楽しいものである。

「好きな歌を数点挙げてみよ」と言われたら、私の場合次のようなものになろう。

軍歌:ポーランド懐古/婦人従軍歌/出征兵士をおくる歌
寮歌:北大「都ぞ弥生」/七高「北辰斜め」/三高「琵琶湖周航の歌」
唱歌:故郷「うさぎ追いし・・」/カチューシャの歌/北帰行

 以上、難聴老人のつぶやき駄文にお付き合い頂き有難うございました。

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