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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

下北半島の冬―3景

大月 和彦

 江戸後期の旅行家菅江真澄の旅日記『牧の冬枯れ』と『奥の浦うら』から下北半島の冬の生活や民俗風習を再現してみる。

 山の湯と呼ばれていた恐山に雪をかき分けて登った。菩提寺に入ると打鉦の音が聞こえる。老僧が松明をかざして出てきて「こんな深い雪の中をよく登って来られた」と柱のように太い薪を炉にくべてくれる。
 炉端で夕食をとった後寝床に入る。夜中にうめき声が聞こえてくる。イタチやムササビが入ってきてネズミを追いかける音だと、朝になって聞く。
 温泉で顔を洗う。周りは大雪なのに地熱で雪が積もっていない。湯船から湧き流れる音や石の油が燃え出る音(噴気孔の音)が響いている。
 境内には何棟も湯浴み小屋が建っている。「男はふんどしという物をむすび湯浴みするに、女は紺の湯巻きしてならび・・・」と描く。陸前宮古や越中砺波からの修行者、遊女や遊行者が念仏を唱えて浸かっている。

 田名部へ向かう途中前が見えないくらいの吹雪になる。ある家の老婆に呼び止められ、こんな凍みる中をどこに行くのか、私の家で泊まっていきなさいと言われる。夕食はヒエ飯、ソバ餅とヒエの酒でもてなしてくれる。狭い部屋にはヒエの殻が敷いてあり、蒲団の代わりにスゲの筵を重ねてくれるが、寒さで寝つかれなかった。

 年末の街には正月用品のもの売りが大勢やって来る。雪の中を女や男が声を張り上げて売り争う。「タラよ、安渡タラよ」、「スゲむしろ、ヘリなし」、「アワ、ヒエ、ユリの根」、「たかべ、スズメ」などと叫んでいた。
 日が暮れると通りには樺の皮を串刺にした松明が並べられる。赤々とした光に軒下の雪が消えていくかと思われた。
 家々では部屋に臼を伏せてコンブのシメ縄をひきめぐらす。正月の神のためしつらえた棚に飯と供え物をささげ、ぬかずいていた。
 元旦の早暁には裃を着て灯火を持って神社を拝み歩く人や川辺で若水を汲む人が群がっていた。七草粥には塩漬けのタカナ、セリ、ワカメが入っている。

 北の辺境で冬を生きる人々の生活があった。

(11・1・26)

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