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「800字文学館」 日常生活雑感

猛獣つかい

中村 晃也

 「出掛けに女房とちょっとありまして」と、待ち合わせに遅れた三橋氏が言い訳をした。

 「女房が、私に、トイレの電気の消し忘れが多いと言うんですよ。私は女房が消し忘れた時は、黙って消しておくのですが、敵は、私が家を出る時になって私をトイレの前に引っ張っていくのです。見たらトイレのドアに『消灯』と書いた紙が張られていました。なにかいうとまた時間がかかるので黙って出てきたのですが、それでも遅刻しました」

 「確かに。男は黙って我慢するのが一番ですよ。女は自分勝手で、発言の主題があちこち飛ぶし、主語をはっきり言わないから、途中でなにを喋っているか判らなくなることがありますね」と私。
 「そう、そして、なんのことか判らないのは愛情が足りないせいだ、なんて抜かすのですよ。敵をいかに飼いならすかが問題ですな。
 そうそう、ここに来るバスの中でも凄い会話をききましたよ。バスのうしろの席で、二人のご婦人がこんな風に旦那の悪口を言い合っているのです」

 「宅の亭主は、食事の時は一言も喋らないのよ。私の話を聞いているんだか、いないんだか。そして食事を終えたと思ったらすぐ碁会所に行ってしまって夕方まで帰ってこないのよ」
 「それは羨ましいわ。宅の主人は一日中在宅でしょ?自分は座っているだけで、あれこれと結構口うるさいのよ」
 「正直いって、亭主が居るだけで鬱陶しいわねえ。といってぶっ殺すわけにもいかないしね。仏壇の仏様のほうが余程手間がかからないわ」

 「うちの女房もこの程度の話はしてるのでしょうな」と三橋氏。
 「ところで中村さんのお宅では、奥さんとお二人で食事のときはどんな話をするんですか?」と好奇心に満ちた質問が飛んできた。

 「私の家では、お互いに目を合わさないように、テレビか、庭に来ている小鳥を見ながら食事をします」と私。
 「それは上手い方法ですな。猛獣は、食事中に目を合わすと、飛び掛ってくるといいますからな」

 私は、はからずも猛獣つかいであったことに気が付いた。

(完)

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