体験記・紀行文
春を待つロッキー
数年前にカナディアン・ロッキーを訪れた。宿泊したホテルはカナダでも歴史ある「フェアモント・バンフ・スプリングス」。氷河に覆われた山々に囲まれ、まるで古城のような威容でバンフ郊外の林の中に建っていた。部屋に入ると、ロッキー山脈を背景にホテルのすぐ傍まで流れてくるボウ河が眺められる。
半世紀を越える昔、映画『帰らざる河』の撮影で、マリリン・モンローが滞在したとホテルのコンシェルジュから聞かされた。映画の中で酒場の女を演じるモンローが、筏に乗ってボウ河の急流を漂流して下ってくるシーンを思い出した。
映画の最大の見所は、バンフ国立公園を随所に見せてくれることであった。素人がどんなカメラを使っても美しい写真が撮れるような自然美の景観が続く。カナダで初めて国立公園に指定されたこの地方がロケ地に選ばれたことでも納得させられる。モンローも偶々撮影中に怪我をしたことも手伝い、このホテルでの長期滞在を大いに楽しんだ。
翌日、このホテルから車ですぐ近くのマウント・サルファーという、日本語に直訳すると硫黄山の麓に行き、そこからゴンドラで一気に山頂に登る。そもそもバンフという町はここで取れる硫黄のお陰で発展した。およそ二千三百メートルの山頂からは、バンフの町が真下に、その奥には険しく聳える三千メートル近いマウント・カスケードの威容が臨めた。
観光の要所である山間の町バンフからロッキーの至宝レイク・ルイーズへは、バスに一時間半も乗ると行き着く。夏の観光シーズンには、濃いエメラルド色の湖水にボートが多く浮かぶエメラルド・レイクにも、その先更に一時間も乗ればいい。バンフの街中に雪はほとんどないが、四月後半の時点でも氷河の麓の二つの湖は厚い氷に閉ざされている。一面凍結した湖上は静寂そのもので、大自然を独り占め状態で満喫出来た。
大勢の人が押し寄せる観光シーズン前のカナダ最大の国立公園で、思いがけない観光体験ができた。
(了)