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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

『永遠の0(ゼロ)』

大平 忠

 百田尚樹。本屋でこの本を手に取るまで不覚にも作者の名前さえ知らなかった。

 大東亜戦争末期、零戦に乗ったひとりの戦闘機乗りが、毎日なにをよりどころに生き、最後なぜ自ら特攻を志願して散ったのか、これが主題の物語である。

 作者は、この物語を書く以前に、大東亜戦争の勉強に膨大な労力を費やしている。真珠湾から始まり、ミッドウェー、ガタルカナル等の会戦の経緯や軍官僚組織の実態、零戦の生い立ち、構造、空中戦における機能、さらに米戦闘機との比較、日米の戦闘機開発力の差など緻密である。

 戦闘機の空中戦の描写は真に迫る。緒戦では無敵の零戦が、米国の繰り出す新鋭機シコルスキー、グラマンに次第に劣勢になっていく。設計思想に防御の思想が欠落していることも重なり、パイロットの戦死が加速する。ついには、訓練不足の学徒が片道燃料だけを積んで特攻として飛び立っていく。作者の無念と哀惜、非条理な戦争遂行への怒りが行間に滲み出る。

 「国のため立派に死ぬ」と思い詰めた戦闘機乗りの中で、ひとり主人公は、死んではならぬと秘かに部下に言う。上官・同輩からは疎まれ、臆病者と謗られるのであった。
「生まれた娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」と、子を抱いた妻の写真を肌身につけて、超絶した鍛錬を己に課し、空の戦場に向かっていく。この妻子への思いは読む者の心を打つ。

 それなのに、戦いも終りになって、自ら志願し壮絶な最期を遂げる。妻子をあれだけ思いながら、なぜ志願したのか。一人生き永らえることを拒絶する衝動とは何であろう。玉砕戦の最後に残された者だけにしか分からぬ心情なのであろうか。

 作者は、兵士たちの墓へ花を手向けている。鎮魂の祈りが聞こえる。戦争体験のない作者は、50才という年令でこの本を書いた。そして、日本人が忘れてはならないことを熱く語っている。驚くと共に感動した。

 アメリカ人と結婚している娘もこの本を読んで泣いていた。

(平成20年1月26日)

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