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「800字文学館」 日常生活雑感

お年神さんがあった正月

志村 良知

 ある会で、参加者の一人が菅江眞澄の下北半島紀行を紹介された時「正月の年棚とは何か」という質問が出た。年棚は私には馴染み深かったので、年長の方々がご存じないのは意外に思った。家に帰って家内にこの話をすると「あなたの家は特別よ」と言われた。結婚当初私の生家の種々の習慣はタイムトンネルの向うの出来事の様に感じたそうである。

 正月の準備は、28日の餅つきと居間の隅にお年神さんと呼ばれる正月だけの臨時神棚を吊る事に始まる。白木の板を天井から荒縄で吊り、それにおしんめえ(御幣)を張って神域とする。爺様は半紙からこのおしんめえを切り出す名人で近所の分も切っていた。
 松ぼっくり付きの松の小枝、縄付きのころ柿を飾り、暮れの頂き物一切合財を供える。拵えたお座り(お供え餅)も切り溜に入れて預ける。子供は棚に習字を貼る。習字は近所の子供達と交換して貼り足して行く。年の違う子や女の子も対象なので昭和30年代の子供が多かった時代の事、20枚以上にもなって何列も畳に届きそうになった。子供の暮れの大仕事である。

 元日の朝は暗いうちに起き、大人は和服、子供は一張羅を着る。家長はお年神さんにお灯明を上げ、預けておいたお座りを家の様々な場所に祀ってある神様に供えて回る。台所の荒神様には三段重ねである。最後に裏の屋敷森の中にある屋敷神さんに供える。

 おせちは、昆布巻き、田作り、きんぴらごぼう、紅白なます、芋きんとんなど。おとそは、単なる冷酒であるがきれいな徳利に入れ、年若い者から家長が注ぐ。普段は何でも一番先の爺様が最後である。全員に回ると家長の発声で「おめでとうございます」を交し、年越しのけんちん汁へ四角い切り餅を生のまま入れて煮込んだ雑煮で祝う。

 そうこうするうちに日の出の時刻。おとそも雑煮も途中で錠口に整列し、富士山のやや東に当る方向から出る初日を拝む。家中の儀式が終わると午後までかかる各々の忙しい年始回りとなる。

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