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「800字文学館」 体験記・紀行文

コンドルは夜飛ばず(ひとよぎりシリーズその一)

富岡 喜久雄

 国内派から海外派へと急遽配転された時、既に四十半ばの中年だった。赴任早々南米出張用務が発生し、いきなりパスポートとリマ経由ボリビア行きの航空券が渡された。ガイダンスは何も無い。何とかなろうとJALに飛び乗り、先ずはロスまで飛んだ。テント張りの待合室で数時間待ち、アメリカン航空リマ便に乗り継いでその日の夕刻、人影まばらなリマ空港に到着した。その時聞こえてきたのが、物寂しげな葦笛が奏でる「エル・コンドル・パサ」だった。空港は閑散として薄暗く、アメリカの喧騒と明るさはまるでない。

 ここでボリビア・サンタクルスまでの連絡便に乗り換えねばならない。案内所を探すが見当たらず、現地人に聞こうにも英語が通じない。さすがにこれが南米かとやや不安になってくる。そこに低く腹にこたえる葦笛の響きである。アンデスの民の貧しさと、荒涼とした風景が目に浮かび侘びしさが募ってきた。リマ空港に到着したのは夕刻だったし、ボリビア便は翌日の早朝だから、外に出るか空港内で過ごすしかない。次便は翌朝五時である。外泊してもホテルを出るのは午前三時か四時だろうから、ここで過ごすほうが合理的だと判断した。

 リマに設立済みの現地法人に案内を乞うこともできた筈だったのに、助言も手配も無かった。新参者への嫌がらせかと腹が立ったが当たる相手は今いない。腹は括るしかなく、ここで一夜と待合室で横になった。人影も少なくなり、到着便もないらしく八時頃構内の灯が一つずつ消えて行き、エル・コンドル・パサのかすれた旋律だけが低く聞こえていた。やがてそれも消え、全くの闇と無音の世界となった。翌朝四時頃ぽつぽつと早朝便の客が現れるまで闇と寒さの中、人の無情を怨みつつ過ごしたのである。

 だが翌朝ボリビア便に乗り込んで、輝く朝日に映えるアンデスの峰々を眺めたら、昨夜の思いは消えてしまった。次の到着地への期待が膨らんだのである。そして帰国後このCDを買ったのは言うまでもない。

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