作品の閲覧

「800字文学館」 体験記・紀行文

寒立馬(かんだちめ)―下北半島の冬景色

大月 和彦

 陸奥(みちのく)は古くから馬の産地だった。特に九牧十二野と言われた南部領は馬飼いが盛んだった。江戸時代の旅行家菅江真澄は下北半島に多くある牧を訪ね歩き、その旅日記に『牧の朝露』、『牧の冬枯れ』、『尾駁の牧』と名つけている。今でもこの辺一帯の地図には牧野という地名や○○牧場が多くみられる。

 明治以降、軍用馬育成のため、南部馬と外来種との掛け合わせによってつくり出したのが、厳しい環境の中でも放牧に耐える野放し馬―寒立馬である。寒さと粗食に耐え、持久力に富むことから農耕や輓馬用としても重宝されてきた。
 現在は県の天然記念物として、種を保存するためと観光資源として地元の村が管理組合を作り放し飼いしている。
 1月中旬、寒立馬を見ようと下北半島東端の尻屋崎へ行った。
 夏の間は尻屋崎の先端部に放牧されているが、冬は津軽海峡からの強風を避けるため南側の小さな岬に移されていた。
 尻屋の集落から海沿いに2㎞ぐらいの雪道を歩く。地吹雪に見舞われ前が見えなくなると立ち止まって風のおさまるのを待つ。
 放牧場の柵を潜り抜けると林に囲まれた広い平原が拡がる。雪の深さは40㎝ぐらい。雪が風で舞い上がっている。雪原のむこうある黒いかたまりがぼうっと見えてくる。馬の群れ。30頭ぐらいか。近づいてもが驚かず立って地面をあさっている。前足で雪を掘り起こし、枯れた草や新芽を食べているのだ。
 太くて短い足と太くて長い胴体、ずんぐり型で頑丈な体つきだ。茶色と黒、白いのもいる。たてがみや胴体に雪が凍りついている。
 時々雪まじりの風が襲うと何も見えなくなるが、何事もなかったように太い足を大地に踏みしめて立ったまま同じ姿勢で枯れ草をあさっている。
 冬の間も風雪を防ぐ小屋はない。真冬の厳寒期でもこの吹きさらしの雪原で過ごすのだという。たまには乾草を与えるらしい。

 かつて地元の校長が詠んだという「東雲に勇み嘶く寒立馬 筑紫ヶ原の嵐ものかは」の風景があった。

(11・2・24)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧