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「800字文学館」 芸術・芸能・音楽

和田邦坊―うちの女房にゃ髭がある

大月 和彦

 目白通りにTというお城を模した造りのそば屋がある。入ると帳場の前に四国遍路を描いた大きな絵がかかっている。高い天井には格子絵が十数枚嵌めこまれていて、中央部には花鳥が、その周りには人物や風景が色彩豊かに描かれている。作者の和田邦坊が店の先代と友達だった縁で描いてもらったのだという。テーブルのメニューも画伯のデザインを使っている。

 和田邦坊。讃岐琴平町生まれの日本画家で新聞漫画家。ユーモア小説や東京日日新聞に漫画探訪記事を書き、昭和初期に一世を風靡した小説「うちの女房にゃ髭がある」の作者。猪熊源一郎やイサム野口を生んだ讃岐のもう一人の芸術家。当時の時事漫画では岡本一平と人気を二分していた。
 戦前に郷里に帰り、戦後は木工、染物、窯業、菓子など讃岐の地場産業や民芸品のデザインの開発に力を注いだ。丸亀うちわの民芸品化にも寄与している。
 親交のあった棟方志功を思わせる力強い筆使いと、濃厚な色彩がぬくもりを感じさせる。馬、河童、干支の動物などを農村に伝わる風習を巧みに配して描いていて、讃岐の豊かな風土から生まれたものと納得できる。香川の民芸品、土産物の包装紙などに画伯の作品が多く使われて、「邦坊デザイン」は讃岐の代表的なデザインになっている。

 琴平の老舗菓子屋さんがつくった善通寺の美術館に作品が多く展示されている。独学で身につけた日本画的手法の風景が十数点。頭にナス、カボチャ、キュウリを載せた三匹のカッパを描いた「野菜三笑河童」などユーモラスな絵と賛が笑いをさそう。「遍路絵巻」という大作は戦前の四国遍路の風景を描いたもので、庶民の遍路旅の様子を詳しく描いていて、ほのぼのとした気分になる。このほか壷や皿に花鳥や風景を描いた陶芸品も楽しませてくれる。
 40年前転勤で高松にいたとき、少女が農耕馬に餅を与えている絵を手に入れた。「馬に餅を奉る 昭和四十一年元旦」と賛のあるめでたい図柄。毎年正月には出して楽しんでいる。

(11・3・10)

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