政治・経済・社会
巨大地震後の政治の変化
一一年三月一一日一四時四六分に、三陸沖でM9の巨大地震が発生。被害の大きさに政治家はようやく目覚めたようだ。政権交代に成功したものの、内部分裂気味の与党が、野党に足を引っ張られる国会は見苦しかった。しかし地震を契機に、与野党が協調せざるを得なくなり、国政に期待が持てるようになった。
一方、四選が取りざたされている東京都知事選挙は、すでに松沢氏にバトンを渡していた現職の石原氏が、自民党から懇願されて後出しジャンケンで出馬する。松沢氏はあっさりと立候補を辞退した。巨大地震の翌日である。石原氏に勝ち目はあるのだろうか。
石原知事が四選の立候補を躊躇していたのは、築地市場の移転の躓きだった。そこへ巨大地震が起こり、松沢氏は早々に石原氏に花を持たせた? 災害地復興優先ならば、石原氏には逆風だ。
原発事故以来、市民運動家だった菅首相は、財界の大物東京電力の生温い行動を叱るなど、力がこもる。追い風が吹いているので、しくじらなければ、上げ足を取る野党はいないだろう。リーマンショックを百年に一度の災難と言うなら、今回の巨大地震は千年に一度の危機である。自然現象である地震は、人知を超えていた。
人間社会の経済成長は、天然資源の消費により達成されている。人間が節度をわきまえないと、自然条件でブレーキがかかる。水力や火力より安価な原発の安全度も、許容範囲を超えてしまった。東日本と西日本の送電周波数が異なるため、電力の東西融通に制約があるのに気付く。日本は文明の限界に躓いてしまった。
首相と官房長官はテレビでよく見るが、原発被害には後手になる。一般の国会議員は報酬に見合う仕事をしているのだろうか。自己の権益を追求する二世議員は政治屋になり下がった。それに引き換え市民のボランティアの活動が活発であるのは立派である。
テレビのチャンネルは多いのだから、情報源を多様化して、国民が知りたいことを取材して欲しいものだ。(一一・○三・二九)