作品の閲覧

「800字文学館」 政治・経済・社会

畠山重篤さん頑張れ!

田谷 英浩

 畠山重篤さんは気仙沼の漁師である。而して森を育てる人でもある。一介の漁民がなにゆえに植林に熱心であるのか。この人の書いた『日本汽水紀行』を読むとそのことがよく分る。彼の生まれ育った気仙沼湾は遠洋漁業の基地として有名であるが、岩手県室根村に源を発する大川の河川水が注ぐ汽水域でもある。

 淡水と海水が混じり合う汽水域は牡蠣、帆立、ワカメ、昆布などの養殖漁場としても優れている。今まで漁師はそれらの生きものを育ててくれる餌や養分は全て外海の潮が運んでくれるものと思っていた。しかし経験的には雪や雨が降らないと海藻や貝の育ちが悪いことも知っていた。

 そこからが偉いところで、自然界のメカニズムを突き止めた彼は、仲間漁民と「森は海の恋人」をキャッチフレーズに、大川上流の室根山に落葉樹を植える運動を始めた。二十年間で五万本以上の木を植え続けたという。

 背骨のような北上山地の森林に降った雨は河川水となって海に流れ込む。森林の腐葉土層を通過した水の中には、植物プランクトンを成長させる養分が多量に含まれている。ここで植物プランクトン、動物プランクトン、小魚という食物連鎖の輪が繋がってくる。従って河川水が注ぐ海、つまり汽水域は美味なる海藻、魚介類の宝庫となるのだ。大切な漁場を守り育てる為には森林を豊にすることが重要であることを確信した。

 彼らの活動は多くの人の支持を受け、二十年を経たいま、NPO法人にまで成長し、毎年六月の第一日曜日には「森は海の恋人」の幟と大漁旗がはためく植樹祭を各地で行うまでに発展した。

 それが今度の大震災はその全てを壊滅させてしまった。彼は牡蠣、帆立養殖用の七十台のいかだや五隻の船、いけす、作業場そして母まで失った。

 エッセイストでもある彼は、「津波はもう結構、チリからの贈り物はワインだけで充分です」と書き始めたところだったと言う。漁師は海なしでは生きられない。畠山重篤さん頑張れ!

(2011.4.14)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧