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「800字文学館」 日常生活雑感

女はそれを我慢できない

濱田 優(ゆたか)

 大震災の後、まさか、と思ったことが起きた。
 トイレットペーパーがまた店頭から消え失せたのだ。
 第一次オイルショックの際のトイレットペーパー騒動は、教科書にも載り、噂に踊らされたバカ騒ぎとして若い人も知られているはずなのに――。

 乾電池、懐中電灯、カップラーメン、水などがなくなったのは、平素非常時に対する備えの悪かった人が慌てて買いに走ったから、と肯ける。被災地への救援物資優先の物流や東電の停電の影響を受け、一時的に供給が途切れた物も確かにあった。

 トイレットペーパーの買い溜めは、それとは違い、先行き品不足が続くと踏んでのことだろう。ところがちり紙の類の主要な生産地は、静岡、岐阜、四国と中部から西で、生産も物流も東日本大震災の影響は薄い。だとすれば、こんな嵩張るものを狭い家に溜め置くことはあるまい。
 なのに、実際は店先に積み上げられていたトイレットペーパーは、数日経たずして買い尽くされた。近所のスーパーにそれが戻ってきたのは約半月後、三月三十一日のことである。

 どうして必要のないものを買ったのか。事例は意外に身近にあった、
 川越に住んでいる娘は、みんながトイレットペーパーとティッシュペーパーを両手にぶら提げているのを見て、買い置きがあるのに急に不安になり、自分も買ったという。私は娘の付和雷同振りを嗤った。
 そのすぐ後、近くのドラッグストアーで言い争っているカップルを見掛けた。「お一人様一点限り」の貼り紙の前で、トイレットペーパーを手にした女が男に「あんたも一パック買って」といっている。男が抵抗すると女は声を荒げた。「男はいいけど、女は要るのよ」

 かくして街から紙が消えたある日、行きつけのスーパーで大を催しトイレに入った。ところが紙がない。いつもは予備のロールを置いてある棚も空っぽ。切羽詰った男が持ち去ったに違いない。想定外の現実に直面し、私は唸った。
「う~ん、男も我慢できない」

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