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「800字文学館」 政治・経済・社会

難しい安全基準

野瀬 隆平

 原発事故に伴い避難指示や、農水産物の出荷制限がなされている。それがどのような基準に基づいているのか、よく考えてみることが必要だ。放射能の人体に与える影響、安全性については国際的な基準が、ICRP(国際放射線防護委員会)という機関によって定められている。政府もこれに従って判断しているのだが、ではこの機関はどのようにして基準を作ったのか。
 放射能の影響については、過去の事故あるいは動物実験などの結果から判断するしかない。高いレベルの放射線については判断材料が得やすいが、低レベルの放射能については材料が乏しく類推に頼る部分が多い。安全基準とはまさに、人体に影響が出るかどうか線を引くことであるから、学者によっても判断が分かれる。不確定な要素がある分だけ、より大きな安全係数をかけることとなり、その結果、基準値は余裕を持った数値とならざるを得ない。
 福島の原発から20‐30km離れた地点で観測される放射線はこの基準値付近のものであり、どのくらいの期間浴びたら実際にどの程度人体に影響があるのか、明確に説明するのは容易でない。
 原子力発電所を建設する段階では、その設計基準となる安全係数をコストとの見合いで低めに設定した嫌いがある。一方、事故の時に放射能が人に与える影響を判断する安全基準では、その性格上、係数は高めに設定せざるを得ないが、それに見合って当然社会的コストも高くつくことを承知しておかねばならない。

 ところで、事故の直後に私の友人からメールがきた。彼は6歳の頃、広島に原爆が投下されたとき爆心地から20kmほどの所にいて、まさに「ピカ・ドン」を体験した。そして数日後に降った激しい雨を浴びた野菜を食べたが、50年以上経った今もぴんぴんしている。「怖がらずに茨城産のほうれん草を大いに食べようぜ」と書いてあった。
 放射能の影響を軽く見てはいけないけれど、いたずらに怖がるのではなく、冷静に判断することが大切だ。

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