作品の閲覧

「800字文学館」 体験記・紀行文

福島温泉事情

平尾 富男

 友人から、「連休の交通渋滞が始まる前に、福島を応援する温泉旅行に行こう」と提案された。大地震発生後一ヶ月を過ぎた頃の話だ。
 「飯坂温泉なら福島駅から近いし、産直の野菜などの販売所もあるはずだから、大量に買って帰れば少しは復興の役に立てる」。車を運転しない友人はこちらの顔を窺いながら、最近は家内の専用車になりつつある我が家の車で行くことを暗に要求している。
 飯坂はその昔、海外からの団体客を連れて利用したし、個人旅行でも何度か泊まった経験がある。その時の印象は、いかにも歓楽中心の温泉街だった。

 それならば、飯坂より奥まったところにある土湯温泉が好いかも知れない。接客も料理も気に入って、二、三度行ったことのある観山荘に電話を掛けるが、繋がらない。
 地元の観光案内所に電話をすると、「あそこは地震で完全に倒壊してしまいました」。他にもほぼ全壊、半倒壊などで廃業した旅館がいくつもあるらしい。運よく被害を受けずに営業可能な旅館も、震災に遭った人々の避難所として利用されたり、特別料金で工事関係者の宿泊施設に提供されたりしている。

 念のため、かつて泊まった飯坂温泉の松島屋旅館に電話を入れると、空調設備や温泉給湯の配管などが被害を受け、通常の営業は出来ないと言う。「使用可能な部屋や宴会場は、被災された方々の受け入れを最優先に提供しています」と気の毒そうに応対してくれた。
 その他の温泉宿、特に部屋数が多いホテル旅館は、屋上の貯水タンクが被害を受け、その復旧には暫く時間がかかるようだ。温泉がやっと復旧しつつあっても、「水道が止まっていますから」とつぶやく。

 福島の温泉旅館組合に聞いてみると、東山温泉や岳温泉は会津若松市に全町移転が決まった大熊町の町民受け入れを最優先にしている。
 「お客さん、もう少し内陸の芦ノ牧温泉が被災を免れましたよ。飯坂の芸者も流れていっているし」
 そんな情報、家内に知れたら車の確保は出来ない。

(2011.4.28)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧