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「800字文学館」 日常生活雑感

ブラックアウト

平尾 富男

 日本の首都圏では大規模な停電を経験することがなくなって久しい。それが、東日本大震災によって、一時的とはいえ大規模な計画停電が関東地方で実施された。その計画停電の英語訳がローリング・ブラックアウト(Rolling Blackouts)であることを電子版英字新聞で知る。

 我が家の灯りが停電で突然消えると、装飾用に部屋の片隅に蝋燭が置かれていることを思い出し、その近くにある使い捨てライターで点火する。二階の寝室から懐中電灯を取ってくるが、既に電池切れしているから使い物にならない。蝋燭の灯りで何とか新しい電池を探し出して点灯できるという始末だ。
 電灯だけでなく家中の機器は全て使えなくなる。冬場、居間には三系統の暖房器具が設置してある。その内のエアコンは当然だが、石油ストーブもガス・ストーブも、発火装置は電気が必要で、停電になれば機能しない。お風呂はガスによる給湯システムを採用しているが、給湯を開始するボタンは電気で作動する。非常時用に備えた乾電池は、部屋の暖房にもお風呂沸かしにも全く役に立たない。

 思い出されるのは、1977年7月の夜に起こったニューヨークの大停電(ブラックアウト)である。世界で最も先端的なニューヨークでは、規模の大きな落雷が珍しくないからその対策は万全のはず。ところが、ブラックアウトの原因は一連の落雷だった。
 大停電が起こったとき、マンハッタンのど真ん中の超高層ホテルに宿泊していた。屋上のタンクに蓄えられていた水道水は空になり、洗面は言うに及ばず、水洗トイレは使用不可能となる。ニューヨーク市は財政破綻寸前の状態であったこともあって、無数の略奪や放火が起こり、夜の9時半から翌日の夕方までの大停電がニューヨーク市街に大混乱をもたらした。

 電気は空気と同じく、「有る」ことが当たり前になっている。理想的な夫婦の関係を空気のような間柄というが、存在感が突出している我が連れ合いを考えると、ブラックアウトも偶には必要か。

(2011.05.13)

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