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「800字文学館」 日常生活雑感

なま物にご用心

中村 晃也

 韓国の釜山で帰国便までの時間を利用して生鮮食料で有名なチャガルチ市場を覗いたことがあった。当時は港に沿った露店が主体だったが、奥の方の大きな倉庫然とした建物の中に、露店とは異なる店が二十軒ほどあった。

 一軒ごとに、金魚掬いに使うような木製の浅い水槽があり、四分された区画には、烏賊やあいなめ、鰈や海老などが泳いでいる。その場で捌いて食べさせるように粗末なテーブルがあり、醤油の他に何種類かの酒が置いてあった。

 ある店に来て「なんだこりゃ」と一行三名が同時に声を上げた。見たこともない生物が水槽の底に蠢めいてる。それは長さが約十センチ、直径約一センチの、手足は勿論、目も口も見あたらないミミズの化け物のような生物である。
 店のオバサンが「これはここの海で今の季節しか採れない。珍しいものたから是非食べてくたさい」と日本語で言う。
 「こんな子供のチンポコみたいなもの食えるか」と飯田が言った。「チンポコ上手いよ」といいながらオバサンは一匹掴んで包丁を当てた。そいつは急に水を吐き出して、見る間に五センチほどに収縮した。オバサンは器用に皺を引き伸ばしながら内臓を除いた。赤い血が流れ、なんだか身を切られるような気持ちになった。

 松露(ジンロ)という焼酎を舐めながら、各自一匹ずつ食べた。ゴムのように弾力性のある食感で、味は蛸に似ていた。「このオチンチンは結構いけるな」と言って木戸は二匹目を注文した。

 釜山空港でこれからチェックインという時になって、木戸がトイレから帰って来ない。カウンターで列の最初に並んだのに順番が最後になってしまった。木戸は酷い下痢をしたという。
「まさかあのオチンチンに当たったんじゃないだろうな?」と私。
「俺達は何ともないし、なんの病気かなあ?」といいながら、
機内に入った飯田が大声を上げた。「病名がわかった!木戸さんだけが、オチンチンを二匹も食べたんだ」
「だから?」
「だから病名は、ニコチン中毒」(完)

十一年三月

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