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「800字文学館」 日常生活雑感

桁違い

小寺 裕子

 3.11の直後、東京の我々も挨拶代わりに地震当日のドラマを語り合った。当日終夜電車を運行した京王線などには感謝である。
 海外の友人たちからも久しぶりに音信があり嬉しかった。
 地震もさることながら、原発事故に恐怖を抱いた。ドイツの救援隊は十三日に到着したものの、翌日何もしないで帰国してしまった。十四日から欧州系航空会社の成田便はなくなった。日本は事故発生直後にはっきりと「福島はチェルノブイリとは違う」というメッセージを出すべきであった。
 ロシアは非常事態省から百六十人もが来て、新潟に常駐しながら車で東北に救援作業に出かけた。せっかく来たからと、放射能汚染も気にせず作業をしたというから頼もしい。通訳業務のため付いて回った外務省若手は、遺体収容など初めての経験に気を失いそうだったという。自衛隊は三千七百体の遺体を収容したというが、隊員の苦労は如何ばかりであろうか。ロシア隊員の中には、新潟で同胞の中古車業者と買春に走ってしまう者もいたらしいが、私は責められないと思う。
 それより腹立たしいのはテレビ画面に映る作業服姿がまったく様にならない首相など政治家である。外人が東京はそれほど危険なのか、と訝るのも無理はない。
 通訳の私はNHKの国際ニュースが十日間なくなり、五月の国際会議さえキャンセルという状況だ。それでも被災者の状況とは比べようもない。何かしたくとも寄付くらいしかできない。
 週末に通帳記帳をしてきた主人が、「いやー、見直したよ。一気に二十万も寄付したんだね」と興奮気味に言う。もっと興奮してしまったのは私だ。寄付を急ぐあまりパソコンからの振込の単位を一桁間違えたらしい。しかし今回に限って赤十字に桁を間違えた、などと言えない。「イチローが一億、我が家だって十万はしなくちゃと思っていたんだ」と主人はご機嫌だ。今では私も神の手のなせる業だったと満足している。(三月二十九日)

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