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「800字文学館」 体験記・紀行文

貰い泣き ベトナム・スピリット その二

富岡 喜久雄

 ハノイからベトナム国道一号線を南に百五十キロ下るとビンに着く。ここの小学校の校庭で新校舎建設の起工式が行われたときのことである。
 生徒たちは赤いネッカチーフを首に巻いて並び、歓声を挙げながら赤、青、黄のゴム風船を飛ばした。演壇の向こうには日越国旗が描かれた大きな工事概要の看板もあってそれを背に関係者が並んでいる。
 式典が始まり、ベトナム側の硬い挨拶の後、私の番が来た。普通なら決まり文句の誓約と協力依頼などで済ませられるが、今日の聴衆はベトナムの小学生である。彼らが真面目な顔をしてこちらを見上げているのだ、面白くもない話では彼らに済まないと思えてきた。そこで傍らの通訳に、原稿にない話をするが良いかと聞くと、どっち付かずの照れ笑い。
 ままよと、俄か仕込みで、ダナン近郷で見た天女の絵を日本の羽衣、浦島太郎の話につなげて、昔話や宗教など日本とベトナムには共通点が多いことを話した。最後にハノイの小学校で経験した逸話、すなわち英語を学んでいた人たちに聞かれるまま「英語だけでなくベトナム・スピリットを忘れなければアセアン一の国になれる」と話したことを加えた。そして皆さんがしっかり勉強できるように、必ず良い学校を作りますと締めくくったのである。子供たちからは遠慮がちな優しくやわらかい拍手が返ってきた。

 式後のパーテイーで数人の大人が寄ってきて、たどたどしく「今日は良い話を聞いた」と英語で言う。中の一人は私の右手を両手で掴みながら眼を赤くしていた。どうやらベトナム魂に敬意を表したことが彼らを感激させたらしくその後何人もが皆潤んだ目をして握手を求めてきた。思わず私も目頭が熱くなって貰い泣きしてしまったのである。
 あとで、通訳が上手く話を膨らませたのか、質してみようと思ったが、止めにした。此処はホーチーミン生誕の地で民族的感情がまだ色濃く残っていたせいもあろうが、私の話が良かったことにしたかったからである。

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