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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

馬のお話

野瀬 隆平

 この大変な時に菅おろしのドタバタ劇が続いている。ばかばかしくて論評する気にもなれない。ただ、興味を引いたのは、政治家が引用した次の文句だ。
 「急流で馬を乗り換えるな」
 非常時にはトップを変えるべきでないと一般的にはいうが、ここは敢えて換えるべし、と主張する際に使った言葉だ。逆に、この言葉通りに「乗り換えてはいけない」という人もいた。
 まことに不毛な議論だが、それはともかく、一体「急流で馬を…」などという成句・ことわざがあるのだろうか。調べた限りでは、辞書にもでていないし、出典も明らかではない。乗り換えるとはどういうことか。走りながら別の馬に飛び移ることなのか。乗馬の心得がある友人は、陸(おか)を走っているときでも、とても別の馬になど飛び移れないという。ましてや急流の中では考えられない。では一旦下りて別の馬に乗り換えるのか。これも流れの中で馬から降りるなど考えられない。武士がそのような発想をするわけがないから、日本でできた言葉ではない。ましてや、重たい甲冑をつけた西洋の騎士ができるはずもなく、西洋が発祥の言葉でもない、とその友人は説く。何となく分かるような気がする言葉であるけれど、どうも、あまり馬に詳しくない人が勝手に作り上げたもののようだ。
 ところで、「牛を馬に乗り換える」ということわざはある。辞書には、足の遅い牛から俊足の馬に乗り換えるように、劣ったものをすてて、優れたものにつくことのたとえ、とある。もっともらしく理屈を並べている議員さんたちも、結局はこの言葉通り勝ち馬に乗りたいだけ、あるいは尻馬に乗ってわいわい騒いでいるだけの事なのだ。
 いずれにしても、政争に明け暮れるのではなく、この厳しい現実を乗り切るために、政(まつりごと)に真剣に取り組んでほしいとみんなが望んでいる。だが、そんな言葉は先生方には、それこそ馬耳東風だ。いや、お馬さん、悪しき行状の引き合いに出して誠に失礼。

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