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「800字文学館」 日常生活雑感

友情の形見分け

西川 武彦

 我が家は築四○年の木造家屋である。新築後暫くして、家族構成の変化で、二階を中心に大きな改造を施したが、並みのリフォームを嫌って、中学時代からの友人でプロのK君に設計してもらった。天井は黒、物入れの引き戸は赤とグレイの組み合わせなど、異色なデザインに驚いたものの、「子供さんの成長を頭に入れて創るから任せてよ」という彼の主張を呑んだ。その後満足しているからそれでよかったのだろう。
 K君は、元来、絵を描くことに優れていて、画家になるのかと思っていたら、建築を専攻し、一級建築士になって設計事務所を開いた。不惑の頃、蜘蛛膜下出血で倒れたが、大手術で奇跡的に生き返った。言動に障害が残ったものの、生死の境を彷徨っていたとき、次々に現われた色彩豊かな心象風景をどうしても描きたいとの思いから、物凄いリハビリで復活した。本業で賞をとる一方、建築現場や旅の先々で出会った景色を心象風景画に仕上げ、三七回の個展を開いている。劇的な蘇生を著した彼の本は広く報道された。

 三月の大地震で揺れが酷かったので、彼に家を診て貰った。その結果、想定外に傷んでいたのに驚き、柱、階段、壁などを修復した。三週間の工事が終わり、見積りを上回る請求書の説明でK君が来宅した。大きなダンボールの箱を抱えている。「形見分けだから部屋に飾ってよ」という。彼の故郷佐渡島の漁火を心象的に描いた十五号の水彩画だ。中学時代の多くの友人が自宅の設計を頼んでいるが、近年改造の依頼があると、一点づつ贈っているそうだ。個展で値がついている商品だから、躊躇っていると、「整理しておいた方がよい齢になったからね。自分が設計した家で架けて貰えれば嬉しいのだ……」。

 筆者も、長年続けたボーカルカルテットを解散するに当り、「さよならコンサート」では、二五年間の活動の裏表を綴った『ダンデイフォー物語』なる小冊子を、三八○名のお客様に差し上げた。一種の「形見分け」かもしれない。

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