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「800字文学館」 政治・経済・社会

とげぬき地蔵

池田 隆

 先日、都電荒川線の庚申塚駅から旧中山道の商店街を巣鴨駅方面へ妻と歩いた。「おばあちゃんの原宿」の愛称に恥じず、軒を並べる和菓子屋、衣料品店、駄菓子屋は老々男女で賑わっていた。「表参道の並木道を歩くより懐かしい物ばかりで肩が凝らないね」と二人は語りながら、有名なとげぬき地蔵まで来た。周りの人と同じように線香を手向け、自分の体内に刺っている小骨やとげのような災いをとり除いて下さいと手を合わせた。
 ところが翌日の朝刊を見てそれを後悔した。「国家戦略室が原発事故の調査委員会を経産省の影響下に置く提案をした」という記事を読んだからである。菅首相はその提案を拒否したそうだが、既に官僚たちの巧みな骨抜き作業が始まっている。調査委員会の活動が円滑に進むようにと、小骨を抜くふりをしながら、本体の骨格を潰す意図が見える。昨日のとげぬき地蔵の背後にも大骨までを貪り食らう怖い夜叉が潜んでいたかも知れない。秘仏をよく確かめずに拝んでしまった。
 事故調査委員会の畑村氏は「百年後の評価にも耐えられるような調査をしたい」と抱負を述べ、対して首相は「私自身も含め調査の対象にしてほしい」と謙虚な姿勢を示した。いずれの言も立派である。「無知や不注意といった単純な要因から組織環境や価値観の不良といった根深い要因、更には科学的未知といった要因まで幅広く失敗原因を追及すべき」と畑村氏は提唱する。
 切掛けになった事象のみに原因を矮小化し、対策範囲を出来るだけ最小化するのは事故発生者側の常套手段であり、責任のがれである。今回も「津波対策を行えばもう大丈夫」と言う連中の何と多いことか。チェルノブイリもスリーマイル島も福島もそれぞれに異なる原因でメルトダウンにまで至ったではないか。
 菅首相は事故調査委員会を支えるべく、肉を切らしても骨は切られないように粘り強く頑張って欲しい。さすれば現在は何と言われようと、百年後には名宰相として名を残すだろう。

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