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「800字文学館」 政治・経済・社会

アボリジニの言い伝え

池田 隆

 オーストラリアを訪れた時に、アボリジニの中年女性から聞いた話である。彼女はオーストラリア北部のカカドゥ国立公園に隣接する先住民居住区で育った。幼い頃に祖父母たちから強い東風の吹く日はあまり外を出歩かないようにと言われたそうだ。天気も良いのにと不思議に思い、「なぜ」と訊き返しても「昔からの言い伝えだよ」との返事だった。
 何年か経ち、居住区の東側の一部は白人に買取られ、世界有数のウラン鉱山に変わった。露天掘りで採掘が容易であったのが大きな理由だった。東京電力も此処からウラン原料を輸入している。今では大掛りな採掘で残滓が山と積まれ、微量の放射能を含む多量の砂塵が周囲に広がり、居住民のなかに体調を崩す人が増加しているという。昔も自然の砂塵による放射線被害があり、それが言い伝えになったのだ。
 オーストラリアは非核国として、核兵器も原発も有していない。しかし外貨を得るために世界のウラン生産量の二〇%以上を輸出している。
 今回の福島第一原発の事故を受けて、アボリジニの長老は被災者への深い同情と悲しみを綴った手紙を国連事務総長に送った。そこには自分の土地で採掘されたウランが引起した事故へのアボリジニの苦悩と、今回の原発事故を警告していたかのような伝説について書かれていた。その伝説によれば、カカドゥ近傍にはジャンと呼ばれる聖地があり、もしそこが荒らされるなら壊滅的な恐ろしい力が世界に解き放たれるという。
 未だアボリジニの所有地には多量のウラン鉱石が眠っている。フランスの世界的原子力企業のアレバ社がそこでの採掘を行うために多額の保証金を提示したが、彼らは「お金なんて何の意味もないよ。心配なのはこの大地なんだ」と答え、その地域をユネスコに申請し、この六月の会議でカカドゥ世界遺産に含めて貰った。

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