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「800字文学館」 文学・言語・歴史・昔話

マコモ

平尾 富男

 梅雨に入ってすぐ、箱根に宿を取った。秋にススキ(芒、薄)の明るい銀色の穂で一面覆われていた仙石原の山裾は、濃い新緑に揺れる草原となって目に爽やかだった。ススキは野原に生育するごく普通の多年生草本で、日本国中どこに行っても見られる。

 宿で遅い朝食を食べたあと、雲の合間から太陽が射しはじめた昼下がりの湿生花園の中を散策していたら、ススキと同じイネ科のマコモに出遭った。別名ハナガツミとも呼ばれるこの多年草は、太古の時代から日本全国に自生しているだけでなく、広く東アジアや東南アジアの水辺に群生していて、食用に利用されることもあるという。マコモの標識の傍にマコモを詠んだ万葉歌が紹介されていた。

―草枕 羈(=旅、たび)にし居(い)れば 刈薦(かりこも)の 乱れて妹(いも)に 恋ひぬ日は無し―

 前夜泊まった宿では、そんな感興に浸ることとて無かったが、妙に心に残った。

 自宅に戻ると早速辞書で「マコモ」を引く。
 「ススキと同じ仲間のマコモ(真薦)は、沼沢に大群落をなして自生。高さ1~2メートル、また葉は約50センチメートルの穂を出し・・・」とある。
 薦(=菰、こも)はマコモを材料として粗く織られた筵(むしろ)だが、現在では藁(わら)が使われるのが一般的。マコモで作られた筵は古くから日本の社会で使われていて、薦被(こもかぶり)や薦僧(=虚無僧、こもそう)はその名残である。

 歌にある刈薦とは、刈り取った真薦、或はそれで織った筵のこと。古代人の世界に思いを馳せてみた。
 「真薦苅る 大野川原の 水隠(みごも)りに 恋ひ来(こ)し妹が 紐解く吾は」
 「苅薦の 一重を敷きて さぬ(寝)れども 君としぬ(寝)れば 冷(さむ)けくもなし」
 刈薦は、乾燥させる時にバラバラに撒いておくことから、「乱れ」の枕詞として古くは古事記や万葉集にも出て来ることが分かった。
 「妹が為め 寿(いのち)遺せり 刈薦の 念(おも)ひ乱れて 死ぬべきものを」

 マコモが恋人を思い焦がれて「乱れる」ことに通じるとは、古代人は何と大らかな心を持っていたものだと感心した。

(2011.07.13)

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