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「800字文学館」 体験記・紀行文

見詰め合う夫婦

中村 晃也

 夏の休暇をとれ、とフランス人の上司がうるさい。
 彼らは最低二ヶ月は休暇をとる。
 「最初の二週間はこれまでの仕事を忘れるため。次の二週間は疲れを癒すため。次は家族へのサービス云々」というのが表向きの理由だが、実際は奥方の機嫌をとるためらしい。
 「中村さんも奥さんと二人だけでどっかに行ってきなさい」。

 混雑する八月を避けて、九月になってから十日間の暑中休暇をとり、マイレージサービスを使って女房とハワイに出かけた。

 ホノルル空港では日本の旅行会社差し回しの、全長七メートルはあろうかと思われるリムジンが待っていた。宿舎のハワイアンサーフライダーホテルには二十分もあれば着くのに、日系三世だと名乗った運転手は、頼みもしないのにホノルル市内を一巡して、ホテルまで二時間ほどかけた。

 途中気が付くと、車内バーのカウンターのワイングラスに、紙幣が差し込まれてある。二十ドル、五十ドル、なかには百ドル紙幣もある。 無言のチップの請求だ。あいにく現金は五十ドル紙幣しかなかったので、「お釣り」とも言えず、それを手渡した。
 お陰で翌日から、朝食はキチンに備えてあるパンとコーヒー、そしてフルーツのみ。昼飯はホテルの前にあるおにぎり屋で済ます破目となった。

 ベランダの涼風の中で読書を楽しむ積りで、日本から数冊の本を持参した。 だが、この地は気温と湿度が快適でとにかく眠たい。
 ベッドで横になって一頁も読み終わらないうちにスースー。ベランダで「ああ気持ちいいな」と背伸びして座ったとたんにグーグー。夕食が終わって、風呂から上がり、ソファーでそのまま朝まで…と言った具合である。

 帰国後、部下から「中村さん、奥さんと二人きりで十日間も何をしていたんですか?」と聞かれた。ズット寝ていたとも答えづらいので、「二人で見詰め合って暮らしていたんだ」と答えた。

 部下曰く「奥さんを見詰めていた中村さんは、よかったかもしれないが、中村さんを見つめていた奥さんは辛かっただろうな」ですと。(完)

二十三年七月

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