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「800字文学館」

へらず口

中村 晃也

 私は生まれつき舌が短くて、一枚しかないのに喋っていると舌がもつれる。
 言いたいことが沢山ある時や、早く云いたい時は必ずどもる。
 だから夫婦喧嘩では、「あなた、どもらないで喋ってよ」の痛烈な一言で必ず女房に言い負ける。
 そのくせ、英語を喋るときは、流暢とはいかないが不思議にどもらない。女房に言わせると「単語だけでも通じるし、早く喋れるほど貴方はボキャブラリーが多くないから」のようである。

 テレビなどで、四文字熟語を当てるゲームがはやったことがある。「□肉□食」の□欄を埋めよ、という問題に「焼肉定食」と回答する学生がいて大笑いになった。
 仲間夫婦と話をしているうちに、もし連れ合いが急死したらどうするか四文字熟語をつくることになった。
 私は「茫然自失」と答え、友人夫婦は「終始狼狽」、「一家離散」とかの熟語を考えた。「中村さんの奥さんは?」と聞かれた女房は、泰然自若こう答えた。
 「欣喜雀躍」

 女房は趣味で、三つのコーラスグループに所属している。実態はコーラスに名を借りた井戸端会議で、練習後のお茶の時間が一番楽しいらしい。
 そういうお仲間との連絡はメールが多くなり、メールの受発信は専ら私が担当している。
 お仲間から「中村さんはメールの回答が早くて気持ちがいいわ」といわれて、女房殿はこう答えたそうだ。
 「我が家では有能な秘書を飼っているものですから」

 女房が小遣いをせびる息子に言っている。
 「いい年をしてお小遣いくれなんて、冗談は顔だけにしてよ」
 息子はムットして、「顔が冗談っぽいのはおれの責任ではないよ」
 女房は直ぐ同意して「そうね、責任はお父さんよね」
 公平な息子は「一方的にお父さんの責任にするのは可哀そうだよ。じゃあ母さんは何でそんなお父さんと結婚したの?」
 「結婚してくれなきゃ死んじゃうっていわれて、人助けと思って結婚してやったのよ」
 息子は私のそばに来てこう言った。「お父さんも良く我慢してるねえ」

それでも私たちは、今年金婚式を迎える。(完)

二十三年九月

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