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「800字文学館」

近所のご主人

濱田 優(ゆたか)

 秋半ば、雨上がりの透明な碧空の下に深緑の芝が映えている。
 槇子は爽やかな天気に誘われ、久しぶりにゴルフの練習に来た。
 すいていて見晴らしのいい二階の、左寄りが槇子の指定席。スライサーだからだ。
 10発くらい打ち、一息入れたところで、5つ、6つ前の席の、派手なウェアを着た男が気になった。後ろ姿で定かではないが近所のご主人らしい。そこの奥さん、麻子とは年頃も同じアラカンで親しい。ただご主人は粘液質の感じがしてタイプではない。知らん振りしておこう、気付かれたら仕方ないけど。

 練習を再開したものの、男が気になって集中できない。今日は早めに切り上げるか。と、男の動きに変化があった。前の席の若い女に話しかけ、ボールの打ち方を教えはじめたのである。そのうち指導に熱が入り、女の席に移って身体に触れてフォームを正す。そこで槇子は男の顔を見て、思った通りと判ったけれど、彼は気付かない。槇子は見てはならないものを見た気がして心ざわめいた。でも好奇心は抑えがたく、サンバイザーを深く被り直して上目使いで観察を続ける。
 彼はゴルフを教えるのが上手い。はじめ身体を硬くしていた女も、彼の指導でまっすぐ球が飛ぶようになると、信頼しきった表情に変わっている。その先どうなるか。興味はあっても探偵までするわけにいかない。

 翌日午後、家事が一段落したところで麻子を訪ねた。幸い彼は外出中である。
 「きのう、ひょんなところでご主人を見掛けたわよ」
 槇子と麻子はアケスケな話ができる間柄である。そうはいっても、自分の告げ口で友だちの家庭が壊れるような事態になったらどうしよう、と心配し、恐る恐る目にしたことを話した。だが、
 「あらそう。うちの人、教え魔なのよ」と、意外に彼女は動じない。
 「でもずいぶん親切に教えてたわよ。彼ってお洒落で〈ちょいワル系〉でしょう。心配ないの?」槇子は煽った。
 「ない、ない。うちのは〈ちょいワル〉じゃくて、〈ちょいモレ〉。もうダメだから」

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