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「800字文学館」

「万葉集」を英語で

野瀬 隆平

 詩歌を味わう感性に乏しく、ましてや古代の万葉集などには関心がなかった私だが、あるときふとラジオで聴いた話から、万葉集に興味を抱くようになった。
 アメリカ人のリービ・ヒデオという人が、万葉集を英語に翻訳した話である。ご存知の方もあろうが、若い時からアメリカと日本を往来していた彼は、ふとしたことで万葉集に興味を持つようになり、東京に住んでいた昭和四十年代に、大和盆地への旅にでた。京都から飛鳥へは何とリュックを背負って徒歩で向かい、日本の古代の世界へと踏み込んでいった。

 今から千三百年ほど前の歌を集めた万葉集は、およそ四千五百首の歌からなっている。上は天皇から下は名もない一般の庶民が詠んだ歌まで、幅広く集められている。この古い日本の詩歌をリービ・ヒデオは単に翻訳するだけでなく、歌が作られた時代の歴史的、文化的背景についても考察している。我々日本人が気づかず見過ごしているような点にも言及していて誠に興味深い。これまであまり関心を払わず、古い歌を敬遠していたのが恥ずかしい。
 彼はこの労作を、”The Ten Thousand Leaves” - A Translation of the Man’yoshu, Japan’s Premier Anthology of Classical Poetryと題して出版、1982年に全米図書賞を受賞して注目を浴びる。
 さらに、2004年には『英語で読む万葉集』と題する本を日本語で書いた。万葉集の有名な歌を選びだして英訳文を対比させ、翻訳するにあたって彼が考えたことや、問題点を記したものである。「これを読んで、今まで完全に理解できなかった万葉集がよりよく理解できるようになった」、と感じた日本人も少なくないという。
 英文の本は簡単に手に入らないが、日本語の本は容易に入手できる。万葉集に興味を持っている人はもちろんのこと、私のようにあまり関心を抱いていない方にも、読むようお勧めしたい。古代の人々の心情だけでなく、大和の国が形を成し始めた時代についても、理解を深めることができる筈である。

『英語で読む万葉集』 リービ英雄著 岩波新書

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