万葉仮名は面白い
万葉集のころには、平仮名や片仮名はまだなかった。歌はすべて漢字で書かれていた。といっても漢文ではない。いわゆる万葉仮名で表わされているのだ。大和言葉を漢字でどのように書き記したのか、非常に興味深い。
万葉仮名は三つの種類に分けることができる。
先ず判りやすいのは、止利→トリ→鳥や阿米→アメ→雨のように、意味とは関係なく、漢字の音だけを借りて表現する「借音」といわれるもの。
次に、夏樫を「なつかし」と読んだり、……相見鶴鴨を「あひみつるかも」と読むように、漢字の訓読みを使った「借訓」というものである。
三つ目は、一ひねりしてあって読み解くのに、少々頭を使わなければならない「戯訓」あるいは「戯書」と呼ばれているものだ。例えば、次のような漢数字を何と読むのか。
①十六、 ②二二、 ③二八十一
答えは、①4X4で「しし」、②2X2=4で「し」、③は少々難しく二は「に」81は9X9で「くく」、まとめて「憎く」と読むである。
動物の鳴き声などの擬音を使ったものもある。馬声は「い」。古代の人は馬のいななきを「イイーン」と聞いたのだろう。蜂音は「ぶ」。用例としては、「馬声蜂音石花蜘蛛荒鹿」と書いて、「いぶせくもあるか」読む。
更に凝ったものもある、義之と書いて、「てし」と読ませる。とても想像できない。義之=王羲之=中国東晋の書家=字の達人=手師=てし、というのだ。例えば、「我定義之」と書いて、「我が定めてし」と読む。
よく知られている柿本人麻呂の歌に、「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えて かへり見すれば 月傾(かたぶ)きぬ」というのがある。こう書かれていれば、すぐ読めるが、実際には「東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡」と記されている。おしまいの西渡に「かたぶきぬ」という読みを与えたのは、賀茂真淵。旨い解釈だと思うが、人麻呂がそういう音を頭に置いて詠んだかどうか、今となっては誰にも分らない。