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「800字文学館」

リドで踊りまくる

中村 晃也

 一時期、企業で流行したリフレッシュ休暇制度を利用して、女房と共に、ロンドン、パリ、ウイーンを巡るヨーロッパツアーに参加したことがあった。
 三十年も前のことで、メンバーは、外国旅行は初めての、定年を過ぎた地方の方が多く、新婚旅行の一組を除けば、我々は一番若いカップルだった。

 パリでは、リドのショウを見ることになっていた。
 リドはシャンゼリゼ大通に面した大きな劇場である。客席も広く大勢のツアー客を何組も収容できる。舞台も非常に大きく、観客から舞台が遠いのでダンサーも北欧やイギリス出身の大柄美人で固め、豪華絢爛たるステージを楽しめる。

 もう一方のナイトクラブの雄は、クレージーホースである。店は決して大きくはないが、居心地がよく、出し物もシックで色っぽい。ダンサーも比較的小柄で私の好みだ。
 サバの女王の曲をバックにした、美人姉妹のレスビアンショウなど忘れがたいが、女房と一緒にゆくところではない。

 さて、リドでは、休憩時間になって、舞台の前のフロアで客がダンスを始めた。私は一生の思い出になるからと、いやがる妻の手を引いて二、三曲踊って、席に戻ろうとした。
 フロアから客席に通ずる通路に来ると、同じツアーで顔見知りになったおばさん連が真剣な顔つきで並んでいる。狭い通路なので「済みません」といって身をよじらせて通り過ぎようとした途端、おばさんの一人から逆に「済みません」と言って腕を掴まれた。

 彼女らは健康のため社交ダンスを習っているが、亭主は踊れない。せっかくパリまで来て踊れるチャンスがあるのに相手はいない。「中村さん、済みませんが一曲ずつ踊ってくれませんか」と頼むのである。
 人助けと思って、宇都宮の太ったおばさんや仙台の医者の奥さん、佐渡島の校長先生夫人などと踊った。最後は派手なジルバなども試してみた。

 私がお相手を変えて何曲も踊るのを見て、他の日本人から「ダンス教室のツアーですか?」と聞かれた。

 俺はダンス教師に見えたのかな?(完)

二十三年十月

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