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「800字文学館」

イカ

平尾 富男

 この秋、九州に旅した。目的のひとつは新鮮なイカの活き造りを味わうことだった。とは言え、その楽しみは最後の日まで残しておく。
 昔からイカは大好きだ。干したスルメは保存が効くから、酒のツマミ用に常備してある。ツマミと言えば塩辛も外せない。新鮮なイカが何杯も手に入れば、自家製を挑戦するが、いつも出来上がり具合が待ちきれない。
 イカは煮物にしても旨い。特に大根と一緒に煮ると固くならないし、 煮汁をたっぷり含んだのをオカズにして食べたら絶品だ。炊きたてのご飯にその煮汁をかければ、何杯もお代わりが欲しくなる。箸休めの香の物さえあれば他には何も要らない。
 丸ごと照り焼きにして食べるのも悪くはない。ワタ焼きが温燗の酒によく合うが、お酒の量がいってしまうのが難点だ。
 イカの効能書きには「低脂肪、低カロリー、高蛋白。ダイエット中の人、肥満、高脂血症、糖尿などの心配がある人には最適」とある。イカの王様はなんといっても甘味が強い剣先イカ。ヤリイカの一種だが、胴体も触腕もヤリイカより太く立派だ。
 旅行の最終日、佐賀県北端の漁港、イカの町として有名な呼子(よぶこ)に昼食時を目指して向かった。ここでは剣先イカのことをヤリイカと呼び、ヤリイカのことをササイカと言っている。少々ややこしいが、新鮮なイカを食すなら呼子しかない。
 佐賀のホテルでおいしい店の名前を尋ねると、「『萬坊』か『河太郎』がよく知られている」と言う。福岡県出身の友人に携帯電話で確認しても同じ名前が返ってきた。海に沿って北に車を進めると、遂に『萬坊』の看板を見つけた。大きな駐車場は既に満車だ。
 早速に注文したのは刺身にした二杯のイカの姿造り。皿の上には足を踊らせている新鮮で透明なイカが乗っている。店の人はノン・アルコールのビールを置きながら、「ゲソは後で天麩羅にします」と言う。
 四日間のドライブの疲れもすっかり消え去った。お土産は近くの露店で購入した一夜干し。

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