作品の閲覧

「800字文学館」

山の宿「雲天」

大越 浩平

 十年ほど前になろうか、新潟、巻機山の麓にある、山の宿「雲天」で山菜を楽しむ旅行会があり、山菜取りを趣味としている私は参加した。
 それは期待を超えた素晴らしい山菜のオンパレードだった。軸の太さが三㌢程もあろうかと思われる立派な山うどが籠一杯に盛られて、皆に一本ずつ配られる。皮を剥いて味噌をつけて食すれば、瑞々しくサクサク柔らかい食感と香りが口一杯に広がる。たらの芽の天ぷらもねっとりと香ばしい。大好きな、こしあぶら、ぜんまい、みず、こごみ等々、採りたて極上の山菜料理をむさぼり食す。そしてお土産まで頂き大満足で帰京。
 その「雲天」で、きのこ料理を楽しむ旅行企画を見つけて申し込む。十一月の旅行日がやって来た。当日、少々の心配事があった。十月に入り、紅葉ときのこを求めて、北アルプスの麓を一週間歩いた。日に日に色変わりする紅葉と地酒に夢見心地の時を過ごしたが、きのこはサッパリだったのだ。地元のきのこ採りも、今年は毒きのこも出ないと嘆いていた。原因は極端な天候不順だという。それでも新潟と長野は山一つ隔たっているから、などと密かに期待を込めていた。「雲天」に着いた。さて料理、料理の種類は豊富に出されたが、きのこ料理はなめこのおろし和えと、平茸と根曲がり筍の煮物の二種類なのだ。錫の酒盃で地酒・八海山が振る舞われた。冷やで飲る、濃いめに味付けされた煮物はつまみによく合う。そのうち天ぷらでも出るのかなと期待していたがそれはなかった。得心した。きのこが不作なのだ。食卓の平茸も塩漬けされた貯蔵品だろう。
 今、食している料理の品々は、半とし間雪深い里で雪下ろしに汗をかく地元民の料理なのだ。そう思ったらきのこ不作のお陰で本物の雪国田舎料理に出合えたのだと一つひとつ丁寧に楽しむ。まさしく農民の味、労働者の味だった。各テーブルに残っていた料理をビニール袋に詰めてもらい、大満足、大満足で帰途に就く。
 「雲天」は「曇天」ではなかった。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧