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「800字文学館」

マホガニー

中村 晃也

 カンボジアのアンコールワットの遺跡を訪ねた。
 当時はワールドセンタービルの被災のために、行く先を変更したオーストラリアからの観光客が多かった。
 そこには、古い石造りの宮殿や寺院が散在し、その多くには内戦時の銃弾跡が残っている。写真撮影のため道路をそれると、地雷があると警告された。

 場末のマーケットの粗末な土産物屋。絵葉書や民芸調の壁掛けなどの中に、それはあった。
 アンコールトムで見たような四面の仏陀の顔を配したパゴダ風の五重塔の下部に、、濃いこげ茶色の木彫りの置物である。高さは二十センチ弱、直径十センチほどはあろうか。
 「中村はん、これは買い物でっせ。この重さからすると本物のマホガニーの彫刻やわ。細工は稚拙やけど、土産物にしては掘り出し物でっせ」とツアーで同行した人が教えてくれた。
 ひと目で気に入り、値段も十ドルとあってホクホク顔でホテルに戻った。

 数日後、帰国便の搭乗口の荷物検査に引っかかった。液体の機内持込みは禁止なので、飲みかけのコーラは全量飲み干し、腹中持込みとしたので、何が問題なのかはわからなかった。
 「ルックデイス」といわれ、ムットしてX線の画像を覗き込むと、カバンの中に長さ十センチ、直径一センチほどの銃弾のような黒い影が映っている。

 以前、ロンドン空港で、私のカバンの中にガンベルトのような影が見つかり、恐ろしい顔で腕を掴まれたことがあった。その時は八ミリビデオ用の電池を、大量に持参したのだとわかり開放されたことがあった。
 今回は小型機関銃の銃弾の大きさで、それも一発だけである。そんなもの持って居る訳が無いと、慌てて係官の前でカバンを開けた。中を一瞥した係官はニヤリと笑い、直ぐに「オーケー」といった。

 機中でいろいろ考えた末、ようやく銃弾の何たるかがわかった。例のマホガニーの置物である。重量を増すために、内部に鉄の棒を仕込んだに違いない。
 自分では納得したが、体面上、家族には秘密にしてある。

十一年十一月

(完)

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